
雨と醤の国を渡る心——伝統×革新で読む貿易・輸出入の心理譚
社会と文化の狭間で
個人と集団の境界
伝統は、個人の記憶だけではなく、集団の物語でもあります。樽職人の手、麹室の湿度管理、出荷担当の算術、営業の笑顔、そのすべてが一本の瓶に編み込まれています。ボルディューのいう「ハビトゥス」は、まさにこの編み目の手触りだといえます。文化は個人に住みつき、個人を通じて世界に出ていきます。 輸出は文化の外出ですが、その外出の心得は内側で育ちます。
老舗のK社が海を選んだのは、好奇心だけではありません。内側に育った「外向きの筋肉」、それは「待つ勇気」と「変える勇気」の交互運動です。会議室で何度も繰り返されたのは、原理ではなく、触覚だったのかもしれません。瓶は手に持ったときの重みで語り、ラベルの紙質は棚の光で語ります。語る対象に耳を当てる経営は実直で、時間がかかりますが、時間は文化のいちばん大切な味方です。
「リスクをとる 勝つ味を覚える」
出典:NHK
NHKの「リスクをとる 勝つ味を覚える」という特集には、二つの層が読み取れるように感じます。ひとつは経営判断の硬さ、もうひとつは味という柔らかな領域を言語化する試みの震えです。リスクは数値の卓上に置いた瞬間、滑り落ちてしまうことがあります。だからこそ、私たちはいったん味の言葉に戻します。
「勝つ味」とは、競合を打ち負かすレシピではなく、相手の生活に居場所を見つける作法なのではないでしょうか。 市場はリングではなく広場です。広場で「勝つ」とは、真ん中を独占することよりも、周縁の人たちと意思疎通する能力を指しているように思います。その意味で、貿易・輸出入は、文化の翻訳であると同時に、生活との対話でもあります。
文化が癒すもの/壊すもの
文化は時に癒し、時に壊します。新しい味の流入が、現地の伝統を押しのけてしまうこともあれば、長く閉ざされていた食卓を開いてくれることもあります。ここで大事なのは、「強度の調整」です。 味は強すぎれば侵略になり、弱すぎれば消えてしまいます。
社会学でいう「翻訳」とは、単純な変換ではなく、両方向への変形です。現地の料理と出会って、こちらの味も変わります。器の大きさ、注ぎ口の幅、ラベルの言葉、分量の単位——こうした細部が文化を運びます。細部を変えることは魂を売ることではなく、魂の窓を増やすことだと考えたいです。
- 変えない核を定める
- 相手の生活のリズムをよく聴く
- 細部をほどき・結び直す
- 沈黙の長さに合わせる
- 時間の尺度で評価する
この五つの段は、どの業界でも応用可能ですが、とりわけ味の貿易・輸出入では有効です。味は記憶に直結し、記憶は家族を呼び出します。家族は社会の最小単位であり、最も複雑な協議の場でもあります。実際に、JETROの農林水産物・食品輸出支援ポータルのように、現場の企業と海外市場をつなぐ公的なサポートも整いつつあります。制度と文化、両方の支えがあってこそ、味は無理なく国境を越えていきます。















この記事へのコメントはありません。