雨と醤の国を渡る心——伝統×革新で読む貿易・輸出入の心理譚

未来へのまなざし

希望という名の習慣

希望は、突発的な花火ではなく、習慣に近いものだと思います。 工程表の整頓、原料の確保、物流の確認、現地の祝日の把握、そして何より、相手の台所の光の色を想像する習慣。習慣は、心の筋肉を育てます。筋肉は、リスクに向き合うときの震えを支えてくれます。

経営の現場で「腹をくくる」と言うとき、身体は文字どおり準備を始めます。呼吸が深くなり、視界が少し広がります。味の判断もまた、身体感覚の総動員です。きちんと食べ、よく眠り、よく笑うチームは、結果的に「勝ちやすいチーム」になりやすいのだと思います。 勝つとは、相手を敗者にすることではなく、「明日も一緒に仕事をしたい」と自然に言ってもらえる状態に近いのかもしれません。

“変わらないもの”の中にある力

変え続ける時代にあって、変わらないものは灯台のように見えます。発酵の時間、木桶の手触り、朝の仕込みの歌。変わらないものに触れていると、むしろ未来は動かしやすくなります。 矛盾のようでいて、そこに一つの筋道があります。変わらないものが支えるのは「価値の核」です。核があるからこそ、周辺は自在に揺らせます。

輸出の規格、現地の法令、容器の再設計。周辺が柔らかいほど、核は際立ちます。「伝統×革新」は対立の記号ではなく、共同作業の合図なのだと、海を渡る味は毎日教えてくれているように感じます。

「伝統は灰を守ることではなく、火を伝えること」

グスタフ・マーラー

火を伝えるには、木を足し、風を読み、水を備える必要があります。つまり、チームです。貿易・輸出入の現場は、しばしばヒーロー物語で語られがちですが、実際には無数の手の連弾でできています。そこに、希望の具体があります。具体は手のひらにのる大きさです。のせて、渡し、渡して、返ってくる。その往復のうちに、文化は息を継いでいきます。

もし、自社の味や商品の海外展開を考え始めているのであれば、「日本からの輸出に関する制度」(JETRO)のような情報を早めに押さえておくこともおすすめです。制度の理解と、現場の身体感覚の両方を行き来できる経営者は、伝統と革新の間をしなやかに歩きやすくなります。

総括

ここまで、個人心理から始まり、社会構造をくぐり、希望に着地する物語を編んできました。雨の朝の台所で感じた微細な揺らぎは、港の巨大なクレーンとつながっています。違和感は翻訳の前兆であり、翻訳は共同の創造です。

老舗が海を選んだとき、伝統はほどかれ、ふたたび結び直されました。「リスクをとる 勝つ味を覚える」という言葉は、経営の宣言であると同時に、生活への挨拶でもあります。勝つ味は、誰かの生活の温度に寄りそったとき、そっと立ち上がります。だから私たちは今日も、小瓶の栓をひねります。音は小さいかもしれませんが、その小ささの中に、遠い海の全景が映ることがあります。

貿易・輸出入をめぐる意思決定は、冷たい数字の更新ではなく、「どんな物語を、誰の食卓に届けたいのか」という問いへの小さな答え合わせの積み重ねなのだと思います。 その積み重ねが、自社のブランドをかたちづくり、どこかの家庭の食卓を少しだけあたためていきます。そう考えると、心は少し軽くなります。

付録:参考・出典・謝辞

(文・長井 理沙)

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