
中小企業が賃上げで“負けない”ための戦略|損失回避の心理と制度設計・付加価値創出で実効コストを下げる道筋
政策と現場のギャップ
政策は「平均」を見て設計されるが、現場は「分布」の裾で苦しむ。賃上げ促進税制、下請法、価格交渉促進法、公共調達の単価改定、社会保険料率——これらは方向として正しいが、適用の閾値、証憑の煩雑さ、タイムラグ、例外規定の多さが、現場に実装すると摩擦となって残る。
制度疲労と実務負担
- 賃上げ促進税制:要件計算(継続雇用、賃金総額、教育投資)と証憑作成の負担。決算期と賃上げ実施時期がズレると効果が薄まる。
- 価格交渉促進:年1回のフォーマット化が進んだ一方、交渉のエビデンス整備や契約条項変更の事務負担が中小側に偏在。
- 公共調達:労務費・材料費のスライド条項が明文化されても、実務での自動反映が遅れがち。
- 社会保険:標準報酬月額の等級境界で「賃上げすると手取りが減る」現象が生じ、従業員の納得形成に時間がかかる。
中小企業の視点
中小企業は、人事・総務・経理・営業・生産を少人数で回す。よって、政策のメリットを享受するには「単価交渉の型」「申請の型」「会計の型」をセットで内製化する必要がある。ここでボトルネックは二つ。第一に、社内の「制度翻訳者」がいないこと。第二に、外部の支援機関(商工会・金融機関・士業)との連携フォーマットがバラバラなこと。これが、制度の恩恵を受けられる企業と、情報・人的リソースの差で受けにくい企業の「政策格差」を生む。
「時間がない」「書類が難しい」「交渉の言い方が分からない」。制度はあるのに、使えない。この摩擦コストこそが、賃上げの実効性を削いでいる。
現場の声
損失回避の観点から言えば、この摩擦コストを放置すること自体が「機会損失」だ。申請に10時間かかる補助金を諦める判断は合理的に見えるが、その先にある年次の競争力格差(設備・DX・人材)を考えると、中期的には不利に傾く。対策は「共同化」と「自動化」。地域金融機関や商工団体がハブとなり、交渉・申請・会計のテンプレートとeKYCを共有し、APIで申請・証憑を半自動化するだけで、現場の負担は桁違いに下がる。
国際比較と改革の方向性
国際比較では、日本の時間当たり労働生産性は主要先進国の中で中位〜下位のレンジにある※。一方で、雇用安定と品質の信頼は強み。賃上げを持続させるには、「低い生産性」と「強い信頼」のギャップを埋める制度化が鍵だ。海外では、契約における自動連動条項(インフレ・労務費スライド)や、職業訓練のデュアルシステム、公共調達のサプライヤーデータ連結が進む。日本でも、価格転嫁の「お願いベース」から「条項ベース」へ、訓練の「助成ベース」から「成果連動ベース」への転換が求められる。
| 項目 | 日本の現状 | 先行事例 | 示唆 |
|---|---|---|---|
| 価格スライド条項 | 努力義務・個別交渉 | EU建設・製造で自動連動 | 自動適用+監査の仕組み |
| 職業訓練 | 助成金中心 | 独・スイスのデュアル | 企業・学校・自治体の三者契約 |
| 公共調達 | 単価改定に遅延 | 英・北欧のサプライヤーポータル | e-Procurementで月次更新 |
| 金融支援 | 保証・制度融資 | 米のR&D税額控除、UKのPatent Box | 付加価値投資に厚く |















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