マグロ高騰の経済政策・制度改革・飲食業:価格設計と損失回避の実務

政策と現場のギャップ

制度疲労と実務負担

制度の狙い(適正な価格転嫁・労働者保護)と、現場の事務負担(書類作成・説明・法令遵守)とのギャップは拡大しています。価格交渉の場では、納入先(卸・プラットフォーム)に比べて中小企業側の交渉力が弱く、仕入先からの値上げ要請を最終的な消費者価格へ転嫁するまでの時間差が、資金繰りを圧迫します。労務面では人手不足が解消されず、短時間・高時給・柔軟シフトを同時に満たすシフト設計と教育コストが増大しています。設備面では、冷凍ストッカーや真空包装機などの省人・衛生機器の導入に補助金が用意されている場合でも、採択申請・実績報告・精算手続きといった事務負担が重くのしかかります。

中小企業の視点

中小飲食店にとって、最も大きなリスクは「粗利のボラティリティ」です。毎月の仕入れが1〜2割変動すると、キャッシュフローは予算から簡単に逸脱してしまいます。これに対して、現行の政策は単年度・個別の補助に偏りがちであり、原価変動に連動した価格改定の支援や、為替・調達リスクに対するヘッジ機能は十分とはいえません。望ましい姿としては、共同購買・共同保管・先渡し契約(原価の目安を固定する仕組み)を支える地域プラットフォームと、価格を自動改定できるPOS・メニューエンジンの普及があります。さらに、カード・デリバリー手数料の見直しや、手数料の税制措置(損金算入の前倒しなど)も、粗利を守るうえで有効な政策ツールになります。

価格は市場が決めます。しかし粗利の安定は、制度と現場の設計によって決めることができます。

国際比較と改革の方向性

国際市場では、水産物のサプライチェーン・ファイナンスが発達している地域ほど、中小外食の原価ボラティリティが抑えられている傾向があります。卸と外食の間に価格指標(インデックス)連動の契約を導入し、四半期ごとに自動見直しする仕組みは、心理的な「値上げ交渉」を技術的な「指数調整」に置き換える効果があります。欧州では、共同購買とサステナビリティ認証(MSCなど)を組み合わせ、価格の透明性を高めながら長期調達を実現する事例が増えています。太平洋のマグロ資源評価や管理の状況は、WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)の公開資料からも確認できます。日本でも、地域の飲食連合・組合が原料の共同仕入れと冷凍倉庫の共用を進める余地は大きいといえます。

資源管理の観点では、短期の価格抑制と長期の資源保全を両立させる政策ミックスが不可欠です。乱獲を抑制し、魚のサイズや再生産への配慮を強化することは、中長期的な価格安定に資する取り組みです。もし短期的に大型個体の供給を増やして価格を下げたとしても、資源の再生が遅れれば、結果的に高値が常態化し、飲食店の調達リスクはむしろ高まります。そのため政府は、トレーサビリティとIUU対策の徹底、違法流通の排除、産地・加工・小売におけるエビデンス整備を進める必要があります。IUU漁業対策の最新動向は、IUUフォーラムジャパンなどによる共同声明からも学ぶことができます。これらは価格を上げるためではなく、価格の乱高下を抑えるための「保険」として位置づけるべき政策です。

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