中小飲食店の「食の節約」時代戦略――損失回避と制度改革から読む新しい利益設計

データで読む現状(統計・動向・比較)

FOOD Barometer 2025が示した事実は、定性的にはとても分かりやすいです。「日本の食の節約意識は2年連続で世界トップ」という結果は、数字以上に生活実感と重なるメッセージと言えます。ここで重要なのは、節約の中身が「頻度の削減」「単価の抑制」「オプションの省略」「代替先の変更」という複合的な行動として現れている点です。

一般に外食価格の上昇に対して家計は、短期的には「回数」を、中期的には「店の選択」を、長期的には「ライフスタイル(自炊比率)」を調整します。そのため、単価の微増でカバーする「値付けの妙」だけでは、もはや十分とは言えません。日本ではすでに多くのメニューが心理的価格帯(端数・千円の壁・セットの基準)に再配置されており、このラインを超える値上げは離反を招きやすくなっています。

物価の実態については、総務省の消費者物価指数(CPI)などの公的統計が参考になります。食料(外食を含む)と外食の価格指数は、ここ数年にわたり前年比プラスの局面が続いています。具体的な伸び率は月次や品目によって異なりますが、外食全体としてはプラス数%台で推移してきたとされています。最新の詳細な数値は、総務省統計局「消費者物価指数」で確認することができます。

一方で、名目賃金が伸びているように見える局面であっても、物価上昇を差し引いた実質賃金は弱含みの状態が長く続いてきました。家計の実感としては、「以前と同じ支出では同じ満足が得られない」というギャップが広がっている状況です。このギャップこそが、損失回避心理を一段と強めています。

現場の費用構造をモデルで示します。中小規模の飲食店(客席30〜60席、従業員5〜15名)の損益構造は、原材料比率と人件費比率で6〜8割を占めることが一般的です。ここに賃上げ・社会保険料・キャッシュレス手数料・宅配プラットフォーム手数料・光熱費が上乗せされます。以下は、あくまでモデル試算です。

図表1:中小飲食店の費用構造(モデル、売上=100)比率(レンジ)備考
原材料費35〜42価格転嫁が遅行しやすく、廃棄率の影響が大きいです。
人件費(法定福利含む)28〜35最低賃金上昇・人手不足により上振れしやすいです。
家賃・共益費8〜12立地依存で固定性が高い費用です。
光熱費5〜9エネルギー価格と稼働率に連動します。
手数料(キャッシュレス・デリバリー等)3〜7決済・プラットフォームへの支払いで、売上増とともに膨らみます。
その他(消耗品・広報・雑費)3〜6削減余地はありますが、満足度に直結する項目も含みます。
営業利益−3〜5環境によって赤字〜薄利の振れ幅が大きいです。
出所:筆者モデル試算。※実際の数値は業態・立地によって大きく異なります。

この構造から導かれるのは、単に「値上げ」をするよりも、「ロスと空き時間をつぶすほうが利幅に効きやすい」という事実です。例えば、廃棄率を1ポイント下げる、ピーク時間の客席回転を0.1回改善する、手数料の料率を0.2ポイント交渉する――いずれも営業利益に直接効いてきます。

逆に、損失回避の強い顧客に対して「値上げ+同等価値」では離反を招きやすい一方で、「値上げ+損を避ける仕組み(長期割・定期券・ポイント即時還元・セット再定義)」は納得されやすくなります。要するに、行動原理に沿った設計が必要だということです。

ここで、損失回避を活用したメニューの再設計例をまとめます。

図表2:損失回避に適合するメニュー設計設計の要点期待効果
「定番は据え置き」戦略来店動機となる看板商品は価格を据え置き、量や副菜で調整します。参照価格の維持による離反抑制と、客数の安定化が期待できます。
「損をしないセット」表示単品合計との差額を明示し、「差額=損失回避金額」として提示します。セット比率の上昇と、原価設計の工夫による粗利確保につながります。
「選べる原材」オプション相場高騰品を避けられる代替食材を同価格帯で提案します。原価の分散と、仕入れリスクの低減を図れます。
小盛・ハーフの定常化量の最適化により、食べ残し損失を顧客自身が回避できるようにします。廃棄削減と、人時当たり回転の向上が期待できます。
週替わり「在庫救済」メニュー在庫過多の原材を魅力的にパッケージし、原価率を管理します。ロス削減と話題化、常連化の促進が見込めます。
出所:筆者整理。試行時は売上構成比や原価率の変化をKPIとして管理してください。

「損をしたくない」顧客心理に、「損をしない設計」で応えることが大切です。それは単なる値引きではなく、情報設計と選択肢設計の再定義です。

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