
“夢の国”の値上げから学ぶ中小観光業の希少性と価格戦略
未来へのまなざし
希望という名の習慣
私は、希少性を「希望の習慣」へと変えていく方法を、観光の現場で何度も見てきました。習慣とは、繰り返し可能な小さな約束の集まりです。ここでは、観光業の中小企業が実務として取り入れやすいように、いくつかの設計のヒントを整理してみます。いずれも、「限られているから欲しくなる」というメッセージを、「限っているからこそ守れる」というストーリーへ翻訳するための実践的なメモです。
- 時間の希少性を整える:混雑の「谷」を意識的につくり、静けさそのものを商品として提案します。朝霧の時間、夕映えの30分、雨の日割引など、時間帯を区切って「静寂」を価値化すると、価格にわかりやすい説明が生まれます。
- 空間の希少性を見える化する:席や部屋の「少なさ」ではなく、視界の抜け感や距離の広がりといった価値を伝えます。「見えない余白」を写真や地図、ストーリーで表現すると、価格以上の納得感を得やすくなります。
- 関係性の希少性を設計する:スタッフの手仕事や語りを限定化し、「一日五組だけの話す時間」「地元の人と歩く十五分」といった関係性のメニューを用意します。触れ方に制限をかけることで、記憶の密度を高めることができます。
- 記憶の希少性を育てる:スタンプや小冊子、物語のしおりなど、「持ち帰れる意味」を準備します。価格の一部が地域の保全や教育活動に回る仕組みを明示し、来訪者と地域の誇りを共有します。
- 機会の希少性への納得を整える:抽選や予約のロジックをできるだけ公開し、落選した方には「次への手紙」を必ず届けます。待ち時間を学びや準備に変えるコンテンツを添えることで、「待つこと自体」が意味のある体験へと変わります。

希少性が強まるほど、価格は「説明」を欲しがるようになります。値札の横に置くべきなのは、短くてもいいので「理由の物語」です。騒音を抑えるため、野生動物の動線を守るため、地域の祭りの日を尊重するため、スタッフの休息を確保するため——それぞれの理由は、社会のどこを守りたいのかを示す地図になります。この地図が共有されれば、人は「今日行けない」という事実を、明日の希望へとつなげやすくなります。
“変わらないもの”の中にある力
大企業の転換から学ぶときに、私たちが忘れたくないのは、まず最初に「変えないで守る部分」を宣言することです。たとえば、ストーリーの核心、働く人の誇り、場所の静けさ、安全に対する哲学などです。これらを「非売品」として掲げることで、価格やキャンペーンはその周りを回る衛星のように整っていきます。希少性は、変わらない中心があってこそ、より美しく機能するのだと思います。中心の温度が安定していれば、周辺にどれだけ多様な季節をつくっても、全体の体温は守られやすくなります。
ニュースの問いかけは続きます。「夢の国」はどこへ向かうのでしょうか。私は、この問いを一企業の進路だけに閉じ込めてしまわないほうが良いと感じています。観光という大きな川の流れのなかで、私たちは何を守り、何を変え、どのように分かち合っていくのか。雨があがり、光が戻るたびに、川は少しずつ違う音を立てて流れていきます。それでも耳を澄ませれば、同じ源流から生まれた水音がどこかで響いているはずです。私たちの希望もまた、いつもその源流のそばに静かに流れているのだと信じています。
こうした視点は、「値上げに踏み切った社長と踏み切れなかった社長」の差を解説する記事や、観光業における人材活用・働き方の記事ともつながります。社長として、価格や希少性だけでなく、人と組織をどう守りながらビジネスを続けるかを考えるためのヒントとして、本稿を位置づけていただければうれしいです。
総括
“夢の国”の舵取りをめぐるニュースは、希少性という鏡を通して、私たち自身の欲望と社会の成り立ちを映し出していると感じます。個人の心にある「選ばれたい」という静かな願い、集団として守らなければならない舞台、家族が抱える沈黙の重さ。価格や予約の設計は、そのどれもを傷つける刃にもなり得ますし、そっと支える手にもなり得ます。鍵になるのは、理由の透明性と「変えない中心」の宣言、そして「待つ時間」を意味あるものへと変えていく工夫です。観光業は、「限定」を売るのではなく、「限定の理由」を語ることで、価格を通貨から記憶へと翻訳できるはずだと私は考えています。
私たちは、雨の匂いが好きです。光が差し込む瞬間を、少し楽しみにしながら待っています。声に出すことは多くありませんが、記憶の棚に並ぶ「小さな旅」は、いつも、とても希少な存在です。だからこそ、何かを「限る」ことが、できるだけ「守ることの別名」であってほしいと願います。そして、その「守ることの物語」が、誰かの家族の歩幅をそっとそろえてくれるものであってほしいと感じています。私はこれからも、「私もそうだ」と何度でも言えるような観光のあり方を探していきたいと思います。















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