カフェイン管理は経営リスクだ——スポーツ・健康産業の社長が“失わない”制度設計

国際比較と改革の方向性

国際的な動向を見ると、日本が取りうる方向性も見えてきます。 EFSA（欧州食品安全機関）は「成人400mg/日、単回200mg」を安全域の目安として提示しており、FDA（米食品医薬品局）も類似の消費者向け情報を出しています。競技スポーツではカフェインは禁止表から外れていますが、世界アンチ・ドーピング機関（WADA）の監視プログラムに位置づけられ、摂取状況のモニタリングが続いています。学校現場ではエナジードリンクの販売制限や警告表示を強化する自治体も増えています。日本は、表示の標準化や職場・学校でのガイドライン整備に、まだ大きな余地があるといえます。

改革の方向性は、次の三層で考えると分かりやすくなります。

• 情報層：含有量・単回/一日摂取の目安・摂取タイミング（夕方以降の注意）を統一フォーマットで大きく表示します。
• 制度層：健康経営の評価軸に「睡眠・カフェインKPI」を追加し、職場における過剰摂取リスクをリスクアセスメント項目として組み込みます。
• 市場層：低カフェイン・デカフェ・睡眠改善製品の研究開発を後押しする助成・税制優遇を行い、中小企業向けには調達ガイドラインの雛形を提供します。

解決案：制度・人材・財政の再設計

ここからは、企業と行政が直ちに実装できる実務パッケージを提示します。 狙いは「禁止」ではなく、損失回避のための「最適化」です。

1. 企業内「カフェイン・ポリシー」の標準化

• 方針：ISO 45001（労働安全衛生マネジメント）に準拠し、「覚醒支援と睡眠保全の両立」を明文化します。
• 標準：単回・一日の推奨上限、夕方以降の推奨回避、妊娠中の配慮、青少年アルバイトの取り扱いなどを整理します。
• 運用：職場の自販機・給茶・会議提供飲料のポートフォリオを設計し、「低カフェイン比率50%以上」などの基準を設けます。
• 教育：入社・配置転換時のeラーニングで、睡眠と意思決定の科学、カフェインの作用機序、離脱症状を説明します。
• 測定：匿名のパルスサーベイで「夕方以降摂取率」「睡眠の質自己評価」「ヒヤリハット」との相関を四半期ごとにレビューします。

2. スポーツ・健康産業の実装（製品・サービス）

• 製品設計：カフェイン単独ではなく、L-テアニン等の鎮静成分との比率を最適化し、夕方以降用の「低刺激・高回復」ラインを明確にします。
• 表示・UX：前面ラベルに「mg/本」「推奨タイミング（朝・午前・午後）」「単回上限の目安」をピクトグラムで表示します。
• データ連携：ウェアラブルと連動し、心拍・睡眠スコアに応じて摂取提案をパーソナライズします。
• 競技支援：アスリートには試合前の戦略的摂取と、前夜・翌日の回復プロトコル（カフェインカット・糖質・電解質・日中光曝露・入眠儀式）をセットで提供します。
• 未成年配慮：学校・部活向けの教育パッケージと販路の自主規制（高用量製品の校内販売回避）を進めます。

3. 財務効果の可視化（ROIモデル）

経営を動かすのは、最終的には数字です。 以下の簡易モデルで投資判断を支えます。

項目	前提	保守的見積
対象従業員数	500人	—
人件費	年600万円/人	総額30億円
プレゼンティーイズム損失	2%→1.5%に改善	0.5pt×30億=1.5億円/年
ヒヤリハット・再作業コスト	1,000万円/年→10%減	100万円/年
導入費（教育・表示・調達切替）	初期500万円＋運用300万円	初年度800万円
純効果（初年度）	—	約1.6億円-0.08億円=1.52億円

「眠気覚まし」の無料配布は、一見コスト削減に見えますが、実は高くつく場合があります。 損失回避の観点からは、見えるコスト（デカフェへの置換・ラベル変更）を支払うことで、見えない損失（事故・再作業・信用失墜）を確実に防ぐことが合理的です。

4. 行政の役割（ガイドライン・助成・表示）

• 表示の統一：含有量単位（mg/100ml・mg/本）と単回/一日の目安、「夕方以降の注意」を義務づける指針を策定します。
• 健康経営評価：睡眠・カフェインKPI（夕方以降の摂取比率等）を健康経営の指標に追加し、銘柄選定・補助金に反映します。
• 助成：中小企業の自販機入替や教育コンテンツ整備に対する補助枠を創設します。
• 学校・競技：未成年への高用量製品提供に関する自治体レベルのガイドラインを作成します。

総括：未来志向の経済システムとは

経済は「短期の覚醒」よりも「長期の回復」に投資するほど強くなります。 カフェイン自体は悪ではありません。しかし、制度がなければ短期の便益が長期の損失を上回ってしまいます。政府は基準とインセンティブを示し、企業はポリシーとKPIで運用し、スポーツ・健康産業は「効かせて、戻す」製品・サービスで市場を教育していく必要があります。損失回避の本能に逆らうのではなく、それを制度の中に組み込めれば、私たちは「失わない成長」を選び取ることができます。カフェイン・コントロールは、働き方と健康の新しい社会契約の試金石だといえます。