万博フレンチに学ぶ“選ばれる中小飲食店”──皿の上の伝承が売上とブランドを変える

未来へのまなざし

希望という名の習慣を、店のオペレーションに組み込む

希望は感情ではなく、習慣なのかもしれないと私は感じています。毎朝、火をつけ、布巾を洗い、扉を開ける。もしかしたら今日は客足が少ないかもしれないと分かっていても、いつものように席を拭く。この反復が、希望の筋肉を育ててくれるように思います。ユングは「あなたが意識しないものが運命になる」と述べたとされていますが、意識すること、つまり小さな儀式を可視化することが、無意識の暴走を止める手立てにもなります。

中小企業の社長にとって、失敗はいつも身近なところにあります。仕込みの読み違い、新メニューの不発、人材採用のミスマッチ。けれど、失敗を「物語」に戻す練習ができれば、そこから明日の余白が生まれます。飲食業の現場で、万博級の体験を日常に落とし込むために、次の四つの習慣が役に立つと感じます。

• 時間の編集：予約の15分前から始まる「幕間」を意識的に設計します。待ち時間をただの空白ではなく、小さな作品に変えていきます。
• 役割の配役：スタッフ一人ひとりに「役」をつけます。司会役、通訳役、案内人役、舞台袖を支える守り手など、物語の登場人物として位置づけます。
• 記憶の記録：来店ごとに一つ「覚え」を残します。席、好み、歩幅などを次回の台本に組み込んでいきます。
• 失敗の見取り図：うまくいかなかった皿やオペレーションの履歴を、恥ではなく共有財産として残します。壁に貼る、ノートにまとめる、ミーティングで振り返るなどの形が考えられます。

「仕事は舞台であり、すべてのビジネスは劇場である」

B. J. パイン II＆J. H. ギルモア（意訳）

“変わらないもの”を決めることは、社長の重要な仕事です

変えるべきものを変え、変えないものを守る。このバランス感覚は、熟練の料理人が火加減を見極めるときの目にとてもよく似ていると感じます。変わらないものは、理念・挨拶・安全です。一方で、変えるものは、価格・盛り付け・提供の文脈です。ブランドは「変わらない約束」を持ちますが、その伝え方は時代に合わせて揺れてよいのだと思います。

たとえば、祖母のスープをそのまま出すのではなく、祖母の手の温度をどう届けるかを考えることが大切になります。そこに未来の顧客との接点が生まれます。私は、「正しさ」だけでなく「続けられるやさしさ」を火加減に込めていくことが、中小企業の飲食店経営にとっての重要な戦略だと感じています。