発酵ブームの陰で原料リスク──農水産×中小企業社長の守り方

家族という鏡

親と子の距離

Kさんの家では、夕食の席で「次の仕込み、どうする?」という言葉が、いつのまにか合言葉になっていったそうです。子どもは子どもなりに、SNSで海外のレストランが取り上げた自社の商品を誇らしげに見せます。親は親で、来月の仕入れの確約に静かな汗をかいています。家庭は、小さな社会の縮図です。期待と不安が同じ食卓に並び、笑いとため息が交互に湯気を立てます。

家族療法の言葉を借りれば、家族は「情動の温度調整装置」のように働きます。誰かが熱くなれば、誰かが冷たさで包み、誰かが冷えれば、誰かがスープをもう一杯注ぎます。親は未来を短く見積もりがちで、子どもは未来を長く見積もりがちです。損失回避の感覚は、世代によって揺れ幅を持ちます。だからこそ、家族の対話には「時間の翻訳」が必要になります。

今週の不安を1年の計画に置き換え、10年の夢を明日のメモに小さく写します。そうして、世代間の距離は少しずつ縮まっていきます。私は、家族は文化の最後の蔵だと感じます。味を守るのは、技術の継承だけではありません。沈黙の扱い方、ため息の受け止め方、やめ時と続け時の見極め方。それらもまた、発酵の知恵であり、中小企業の事業承継における「目に見えない資産」だといえます。

沈黙と対話のあいだ

「何が一番怖いですか?」と問うことは、簡単ではありません。しかし、問わなければ、沈黙は不安の倍数になってしまいます。家族の会議や、経営会議の場では、三つの紙を用意してみることをおすすめします。ひとつは「絶対に失いたくないもの」、二つ目は「すぐできる守り」、三つ目は「やめてもよいこと」。この順番で言葉にしていくと、損失回避の心を正面から受け止めながら、前に進むための整理がしやすくなります。

「人は意味のために生きる。」

Viktor E. Frankl

意味を見出すことは、恐れを消すことではありません。恐れを持ったまま前に進む練習です。家族のテーブルに地図を広げるように、現実の道の凹凸を書き込みます。海図のように、浅瀬と潮の早い場所を示します。発酵の蔵でも、港の事務所でも、同じことができます。今日という小さな島から、来月という大陸へ渡る橋を、言葉で仮にかけてみるのです。

この「意味づけの力」は、社長の意思決定フレームを解説した記事ともつながります。意思決定には必ず「失う可能性」と「得る可能性」が同居しますが、そこにどんな意味を見いだすかによって、社員や家族への伝わり方は大きく変わっていきます。

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