ホテル代高騰時代に“損しない” 中小宿泊業社長の価格設計と需要シフト

国際比較と改革の方向性

国際比較:東京・大阪・主要観光地のADRは、シンガポール・香港・ソウル・台北など近隣都市と比べると、円安の影響もあり、外国人旅行者から見ると「割安」に映る場面が少なくありません。大型音楽公演や国際会議、花火大会などのピークイベント週間は、近隣都市と同等かそれ以上の価格帯に近づきますが、通年平均ではなお「やや割安なレンジ」にあるとの指摘も多いです※。

この「相対的な割安さ」は外需を呼び込む一方で、国内利用者には「相対的な割高感」として受け取られることもあります。解決の方向性は二つです。第一に、国内向けには時間・条件・場所での選択肢を増やすこと。第二に、国際水準とのギャップを「価値の説明」で埋めていくことです。価格が高いのではなく、価値の可視化が不足していると考えるほうが建設的です。

改革の方向性:政府は「量から質へ」という方針を掲げていますが、その実装はまだ途上です。ここでは、特に重要な三点を整理します。

(1)人材:在留資格の柔軟化や、季節雇用・短時間雇用の円滑化が求められます。副業・兼業の促進や、多能工育成への補助を常設化することで、繁忙期の人材確保を支えやすくなります。
(2)税・財政:観光税・宿泊税の使途を、現場の生産性向上(省エネ、PMS/RMSの導入、語学教育など)に重点配分することが重要です。設備投資減税を中小企業にも利用しやすい手続きにすることもポイントです。
(3)データ:自治体とDMOが中心となり、ADR・稼働・在庫の匿名集計データを月次で可視化する仕組みを整備します。価格に対する過度な非難や誤情報といった「見えない規制」を、データで相殺していく発想が重要です。

もしこれらの改革が進まない場合、国は「価格高騰への不満」を理由に規制を強めやすくなります。しかしそれは、短期的な歓心を買う代わりに、長期的な競争力を損なう禁じ手になりかねません。宿泊業を地域経済の基幹産業として位置づけるのであれば、価格を抑え込む議論ではなく、価格と価値をどう設計するかに政策議論の軸足を移す必要があります。

解決案:制度・人材・財政の再設計

ここからは、中小の宿泊事業者が「今日から」取り組める価格設計と需要シフトの実装手順を、損失回避の視点から整理します。ステップは次の5つです。
①データを集める → ②価格の枠を決める → ③販売条件で振り分ける → ④時間と属性を動かす → ⑤運用会議で回す

1. データの最小セットを用意する(週1更新)

KPI:日別のADR、稼働率、RevPAR、客室変動費/室、予約リードタイム(予約から宿泊までの日数)、キャンセル率、チャネル別売上比率、国籍・都道府県別比率。
収集:PMSからCSVを抽出し、週1回スプレッドシートに集計します。過去8週間と前年同週を比較します。
可視化:RevPARと粗利益に赤(下限割れ)・黄(注意)・緑(OK)の三色でハイライトを付けます。
目安:下限は「変動費+人件費最低保障+光熱費按分+最低利益」。上限は「近隣競合の上位25%と同等のレンジ」を目安にします※。

ポイントは完璧主義を捨てることです。まずはざっくりでも良いので見える化を行い、真っ赤な日を一つずつ減らしていくことから始めます。

2. 価格の「上下限」ルールを決める(文書化)

下限:返金不可・客室限定・平日・素泊まりのベースプランです。変動費を下回らないようにし、繁忙期は下限自体を引き上げます。
上限:イベント・連休・土曜などは、直販の販売開始を早め、OTA在庫を限定します。返金可・朝食付き・レイトアウトなど条件を追加する形で単価を上げる設計にします。
フェンス:1)返金条件(不可/可+1,500円など)2)滞在長(2泊目▲10%)3)チェックイン/アウトの柔軟性(+500〜1,000円/時間)4)客室タイプ差(眺望・広さで1,000〜3,000円差)といった一貫したルールを決めます。
一貫性:レートパリティを守りつつ、会員には付帯特典(ドリンク、レイトアウト、アーリーチェックインなど)で差別化します。

3. 販売条件で需要を振り分ける(損失回避の文言)

表現:早割×「得」より、直前×「損の回避」に重点を置きます。例:「直前は料金が上がります。いまの料金を確保しましょう。
締切:30日前にベース料金を公開し、14日前に返金可プランをクローズ、7日前に在庫を直販へ移すなど、段階的な締切を設けます。
直販誘導:会員登録によって「料金は同じでも、特典で損をしない」設計にします。
キャンセル規定:需要の山は厳格に運用し、谷はやや緩めることで、全体の損失を抑えます。
価格表示:総額表示を徹底し、税・サービス・宿泊税の内訳を明記します。値上げの理由(人件費・エネルギー・地産地消の原価など)も可能な範囲で示します。

施策想定弾力性(需要の反応)RevPARへの影響(幅)備考
返金不可の早期割引高い(価格に敏感)+2〜5%キャッシュフロー改善・キャンセル率低減につながります。
連泊割(2泊目▲10%)中(滞在長に敏感)+3〜7%清掃回数削減で原価圧縮が期待できます。
平日ワークプラン中(属性に敏感)+1〜4%客層の新規開拓と稼働平準化につながります。
直販会員特典中〜高(チャネルに敏感)+2〜6%手数料圧縮分を原資としやすい施策です。

4. 時間と属性を動かす(需要シフト)

時間:平日および肩シーズンの価値を高めます。会議室・ワークデスク・長時間滞在の保証をパッケージにし、出張の前後泊やテレワーク連動を提案します。
属性:国内の長期滞在・周遊・シニア・教育旅行を再設計します。インバウンドには、「週中滞在の特典」や「周遊連携(別地域との相互割引)」を提示します。
地域:飲食・交通・体験事業者と連携し、地元の朝食券・温浴・文化体験などを束ねた体験バンドルで付加価値を創ります。
チャネル:多言語対応の直販サイトを強化し、OTAでは地域ターゲティング広告を短期集中で活用します。
価格アンカー:高価格帯の体験プランを設置し、ベースプランの価格認知を安定化させます(アンカリング効果)。

5. 運用会議で回す(月1の意思決定)

体制:館内の代表(現場・営業・財務)が参加し、前月のKPIと当月の在庫配賦を確認します。
ルール:価格や在庫の変更は会議で承認し、メモを残します。
学習:A/Bテストの結果を共有し、失敗も「どれだけ損失回避に効いたか」という観点で評価します。
キャッシュフロー:前受金の積み上げと返金見込みを併記しながら、月次で資金繰りを見える化します。
人:シフトは需要予測に連動させ、連泊誘導の成果を清掃負荷の軽減と賃金改善に還元します。

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