製造業の人材危機で設備投資が止まる前に──中小企業社長が今すぐ見直す採用戦略

データで読む現状(統計・動向・比較)

一次情報として、宿泊・飲食業の新卒離職率は高校卒64.7%・大学卒55.4%(令和4年3月卒)と報告されています(詳細は厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」Pacolaの解説記事をご参照ください)。この水準は、労働市場の健全な循環を超える「構造的摩擦」の兆候と言えます。新卒の半数超が短期間で離職する市場では、教育投資の回収期間が著しく短くなり、企業側の育成ROI(投資対効果)が成立しにくくなります。

問題は、この「育成ROIの毀損」が他業種にも波及してしまうことです。若年層の期待値は業種をまたいで伝播しますので、初期体験の品質が低い業界は相対的に不利になります。製造業がこの変化を座視すれば、高額な設備投資の回収計画自体が揺らぐリスクが高まります。中小製造業の社長にとっては、「若手の離職率」と「設備投資の回収期間」を一体で見る視点が欠かせません。

区分高校卒 新卒離職率大学卒 新卒離職率備考
宿泊・飲食業64.7%55.4%令和4年3月卒。一次情報。
製造業おおむね20〜40%台おおむね15〜35%台一般的な範囲の推定。最新は公的統計を要確認※
離職率の概況(新卒3年以内相当のイメージ)。※推定値。最新統計は公式資料を要確認。

労働需給の逼迫は、有効求人倍率や欠員率にもはっきり表れます。直近年の全国平均有効求人倍率は概ね1倍台で推移しており、製造業は地域や職種によって1.0〜1.5程度のレンジで振れています。欠員率(空席率)は、設備増設・引き合い増・輸出回復局面で跳ね上がり、地方の中小企業では採用に12〜24週を要するケースも珍しくありません。これは「採用リードタイム」が「生産リードタイム」を支配する事態を意味します。

仮に、受注から納品までのリードタイムが90日で、採用リードタイムが120日かかるとしますと、人手不足は構造的に納期遅延を生むことになります。こうした状況では、生産計画の主役は設備ではなく「人員数とスキル」です。中小製造業の社長は「設備投資計画」とあわせて「採用・育成計画のリードタイム」を経営会議で管理する必要があります。

損失回避の視点から、欠員の経済損失を簡易に定量化してみます。前提を次のように置きます。1ラインのフル稼働売上は月3,000万円、限界利益率は30%、必要人員は10名、1名欠員で稼働率が10%落ちると仮定します。この場合、1名欠員の機会損失は月90万円(3,000万円 × 30% × 10%)となります。

一方で、採用費用(媒体費・紹介料・選考工数・オンボーディングなど)を合計50万円と置いても、空席1ヶ月の損失がそれを上回る計算になります。つまり、採用判断を先送りすればするほど、見えない損失が累積していくということです。企業が守るべきなのは「採用費の節約」ではなく、「空席期間の短縮」を通じて利益を守ることだと分かります。

項目数値(例)説明
ライン売上/月30,000,000円通常稼働時
限界利益率30%売上に対する粗利の近似
必要人員10名標準人員
欠員による稼働低下10%1名欠員の影響
月間機会損失900,000円30,000,000 × 0.3 × 0.1
採用・オンボード費500,000円媒体・紹介・工数等の合算
意思決定即時補充が合理的損失回避の最適解
欠員の経済損失(簡易モデル)

新卒離職の高止まりは、採用だけでなく「オンボーディング(入社後6〜12週の立ち上げ)」の設計不備による部分も大きいです。統計的には、初期3ヶ月のエンゲージメントスコアが低い群の離職ハザードは2〜3倍に達するケースが報告されています※。製造現場に引き直して考えますと、初期配置で「反復作業のみ」「成果の可視化なし」「育成者が多忙」という三拍子がそろうと、学習の達成感と将来像が見出しにくくなります。これは賃上げだけでは解決しない構造問題です。

そのため、職務の分解と習熟マイルストーンの提示が有効になります。例えば、入社直後の3ヶ月で習得すべき「基本3技」を明確にし、達成のたびにフィードバックと評価を行うことで、若手が「自分は成長している」と実感しやすくなります。こうした設計は、若手が辞めない組織づくりを解説した関連記事とも共通する発想であり、中小製造業の現場でもすぐに応用できます。

「採用に失敗すると人件費が増える」のではありません。「欠員を放置すると利益が消える」のです。損失回避の心理は、正しい行動の順序を教えてくれます。

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