製造業の人材危機で設備投資が止まる前に──中小企業社長が今すぐ見直す採用戦略

政策と現場のギャップ

制度疲労と実務負担

現場は「採用・育成・定着・生産」の一体運用を求めていますが、政策は「助成金・資格・補助金・学校推薦」といった縦割りで分断されているのが実情です。例えば、人材開発支援助成金は訓練時間・カリキュラム・賃金支払い等の要件が詳しく定められており、急な欠員に対応するうえでスピードが出にくい制度設計になっています。

高卒採用では、学校推薦のスケジュールや求人票フォーマットが地域で固定化されており、企業側のジョブ型情報発信(職務・スキル・育成計画)とのあいだに齟齬が生じています。技能実習・特定技能の制度は改善が進んでいるものの、企業側の評価・監理手続は依然として煩雑です。その結果、最も手触り感のある「オンボーディング強化」に使える予算と制度が薄いという逆転現象が起きています。

制度疲労は、意思決定の遅延と機会損失の拡大として顕在化します。社長の視点では、「制度を使いこなすための手間」と「使わないことによる損失」のどちらが大きいかを常に比較しなくてはなりません。そのうえで、なるべく現場の運用にフィットしやすい助成・補助の使い方に寄せることが重要です。

中小企業の視点

中小製造業ほど、「採用は年1回、現場は常時逼迫」という非同期に苦しんでいます。採用専任担当がいない、HRテックの導入も十分ではない、賃金差はすぐには埋めにくい——不利な条件は明らかです。しかし同時に、地域密着のブランド力、多能工を育ててきた現場文化、経営者の意思決定の速さといった強みも持っています。

制度がこの強みを柔らかく支えることができれば、現場で即効性のある改善は十分に回ります。必要なのは、次のような設計です。

  • 学校・ハローワーク・民間媒体・地域金融のデータ接続:求人情報・採用結果・定着状況を地域単位で見える化します。
  • 高卒採用のジョブ型情報開示:動画・1日の仕事・育成ロードマップを示し、「入社後の具体的な姿」を共有します。
  • オンボーディングへの助成転用:初期6〜12週のメンター配置や教育工数に対して、既存の助成金を重点的に活用します。

これらは「足りないもの」を新たに作るというより、今ある制度と予算の使い道を入れ替える発想で実現できます。また、設備投資と人材投資の連動も弱いのが現状です。補助金は生産性向上設備に偏りがちですが、その稼働条件としての人員・スキル・シフトの確保は、申請書の片隅に追いやられてしまいがちです。

政策側が「人が回ること」をKPIに据えるのであれば、補助金の採択基準は大きく変わるはずです。例えば、

  • 投資後12ヶ月の稼働率
  • 欠員率
  • オンボーディング完了率
  • 多能工比率

といったKPIをモニタリングし、未達の場合は採用・訓練費の上乗せ支援を自動発動する仕組みなどが考えられます。資金と人材の両面で「落ちるところまで落ちない」安全網を張ることが、損失回避の観点から見た政策的な合理性と言えます。

国際比較と改革の方向性

国際的に見ますと、ドイツのデュアルシステム(企業内訓練と学校教育の統合)、米国のコミュニティカレッジとアプレンティスシップ、シンガポールのSkillsFutureなどは、初期育成を「公共 × 企業」で分担し、資格と職務を接続している点が共通しています。重要なのは、制度が最初から「学び → 仕事 → 学び」の循環を前提に設計され、データで接続されていることです。

日本にも職業能力評価基準や技能検定などの仕組みは存在しますが、企業の職務定義との相互運用性はまだ十分とは言えません。改革の方向性は次の三点に整理できます。

  • 資格・職務・教育の共通言語化
  • 人材データの相互運用(API化)
  • オンボーディングと実務訓練への公的支援の重点化

制度を簡素化し、現場に近づけるほど、採用の成功確率と定着率は高まりやすくなります。中小製造業の社長としては、「海外の良い制度をそのまま真似る」のではなく、自社と地域の実情に合う形で要素を取り入れることがポイントです。

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