高校野球、7回制の地鳴りーー最悪を避ける勇気と、勝ちたい心のあいだで

現状分析:努力の裏にある見えない物語

ニュースが伝えたのは、高校野球における7イニング制の導入検討と、その目標時期が2028年春の選抜大会であること。背景には、選手の健康を守る観点、試合時間の短縮、酷暑下での安全性向上、そして部員数の減少と競技環境の持続可能性への不安がある。現場の声とデータを重ねると、見えてくる風景は一つではない。伝統の9回が育んできたドラマは確かに尊い。一方で、酷暑による熱中症、蓄積された投球負荷、長時間拘束による疲労。そのリスクの輪郭は年々濃くなっている。

既に各地では延長戦でのタイブレーク導入や、登板間隔・休養日に配慮した運営、投手の障害予防のための基準作りが進んでいる。7回制は、その流れを次の段階へ押し上げる提案に近い。実務的にも、夏季の高温下では午後の試合にリスクが偏る。試合が短くなれば、日中の負荷は分散し、救護体制の集中も可能になる。練習のあり方、選手起用の戦略、観客動線や地域交通まで、調整の射程は広い。つまり、これは「ルール変更」でありながら、「社会実装」の話に踏み込んでいる。

「9回を戦い抜くのが高校野球、そう育てられました。でも、倒れてまで守る伝統は、本当に伝統なんでしょうか。守るために変える——僕はそう思います」

県立高・監督(40代)
朝の球場に漂う土と白線の匂い。変化は、いつも現場から始まる(撮影:著者)

恐怖を直視する。最悪は何か——それは、選手が二度とグラウンドに戻れない怪我を負うこと。熱中症で命に関わる事態を招くこと。チームが部員不足で活動停止に追い込まれること。大会が「安全ではない場所」と見なされ、観客や保護者の足が遠のくこと。これらは誇張ではない。現場で救急車を見送った指導者、仲間を病院で見舞った選手、部室の鍵を返した三年生——彼らの記憶は、現実だ。7回制は、最悪を遠ざけるための一つの盾であり、攻めるための矛になる。

項目9回制(現行)7回制(案)注記
平均試合時間約2時間20〜30分約1時間45〜55分地方大会の短縮試合と練習試合の記録からの推定
先発投手の平均投球数110〜130球90〜100球回数短縮・戦略変更を考慮した著者試算
一人あたり平均打席約4.2約3.5攻撃回減に伴う単純推定
救護対応(夏100試合あたり)熱中症疑い3.0前後2.0前後過去の早仕舞い運用日の傾向比較(参考値)
延長戦の負荷13回以降TBTB早期適用大会規定と連動して設計
数値は一部推定・参考値。実際の導入設計で変動します。

数字はすべてを語らないが、方向性は示す。短くすることは、浅くすることではない。むしろ、攻防の密度は確実に上がる。初回の攻防が勝敗の鍵を握り、機動力と守備位置の一歩が重くなる。エース級の温存が難しくなり、複数投手の連携、捕手の配球設計、ベンチワークの即断即決。選手の技能は広く、深く、問われる。そのうえで、最悪を避けられる確率が高まるなら——それは“負けないための安全”ではなく“勝つための準備”だと、私は考える。

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