年収の壁の向こうで、文化は息をするーー行政が聞き取るべき静かな脈動

感性文化が社会を癒す理由

街が疲れた夜、救急車の音に混じって流れるのは、誰かの鼻歌だ。小さな音に、街は回復の兆しを得る。美術館の静けさは、疲れた耳のための水面である。図書館の紙の匂いは、乾いた喉に触れる水蒸気だ。感性文化は、病院ではないが、病を遠ざける。経済の変動に耐える精神の可塑性は、合唱の練習や手の仕事の連続によって育つ。壁によって時間が切られ、人が抜け、集いが絶えれば、可塑性は減退する。最悪の結果は、災いが起きたとき、街が回復するための筋肉を失っている状態だ。

自治体が恐れるべきは、突発的な赤字だけではない。静かに進行する文化筋の萎縮。学校の器楽部が休部し、地域の工房が閉じ、小さなギャラリーの灯が消える。そのとき、失われるのは表面の彩りだけではない。相互扶助の回路が細り、孤立が固まり、ケアの技術が伝承されない。感性文化は、福祉と教育の間に張られた、見えない橋である。橋の耐荷重は、日々の往来で保たれる。往来を止める壁は、橋の鋼を錆びさせる。

文化はぜいたくではない。街が息をつくための、静かな呼吸筋である

予算の配り方を、呼吸の比喩で

引き上げの議論が進むいま、行政・自治体は移行期の現場設計に詩的な想像力を持ち込みたい。詩的とは、曖昧ではない。多重の感覚で考えることだ。例えば、事業所の保険適用拡大に合わせ、文化・教育の非営利セクターで働く短時間就業者の時間カーブを緩やかに保つ「季節弁」を設ける。年度ごとに弾力的な平均時間を採用し、繁忙と閑散の波で人の生活が壊れないよう、自治体が「波消しブロック」として補助制度を差し込む。波の端で、生活が欠けないように。

芸術とジェンダーの交差点

壁は性差を増幅する。保険と税の設計が、家庭内の役割と結びつくとき、見えない手が女性の時間を縛る。芸術は、その縛りのなかでこそ、線をほどく方法を教えてきた。一本の線を重ね、にじませ、切る。教室の黒板に引かれた線のように、何度でもやり直せる線が必要だ。制度の線も、書き直せるように作る。引き上げとは、消しゴムを用意することでもある。

見えない家事の時間に、見える保険の線を合わせるのではなく、線のほうをほどいていく。

行政は、ジェンダー影響評価を文化政策にも接続させるべきだ。年収の壁の再設計にあわせ、自治体の芸術文化施策の補助金・人件費枠に「ジェンダー中立な時間設計」を導入する。短時間就業者のキャリア継続を前提に、研修・登用の道を確保する。たとえば、地域オーケストラの指導者・運営者の報酬設計を、壁の新ラインに連動して段階化し、途切れない学習と就労を支える。そこに漂う匂いは、油絵具ではない。安堵の匂いだ。

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