【178万円】年収の壁引き上げで中小企業はどう変わる?現場が直面する調整と課題を解説

解説・執筆:宇野 健介

【目次】

  • 178万円で本当に解決?年収の壁の本当の課題
  • 「年収の壁」とは?
  • 178万円への引き上げが現場にもたらす変化
  • 期待と現実のギャップ:178万円への引き上げが生む現場の調整
  • 178万円への引き上げで何が変わる?よくある疑問と現実
  • 178万円合意の光と影――政治と制度が残した課題
  • 壁の次は、床を平らに

178万円で本当に解決?年収の壁の本当の課題

NHKの報道(出典:NHKニュース)によれば、高市首相と玉木雄一郎代表が「年収の壁」を178万円へ引き上げる見直しで合意したという。ここに至る筋書きは、見事なまでの“損失回避ドラマ”だ。「働き損」を避けたい家計、「人手損」を避けたい中小企業、「議席損」を避けたい政権と野党。三者三様の“損”を、ひとつの「178万円」でスッと包む。表向きは誰も損をしない。だからカメラ前では握手が映える。

だが、壁の本質は、段差をどこに置くかという分配の政治だ。段差を低くするか、床を均すか。今回の合意は壁の根治ではなく、位置の移設に近い。制度の継ぎ接ぎは膨らみ、現場の計算は複雑になる。労働供給のゆがみは続き、社会保険の負担と受益のバランスはさらに読みにくい。

もちろん、短期的には効く。「いまより損しないなら働く」という“損失回避”の心理に刺さる。政治には短期の解が必要なときがある—そう、「選挙」だ。だからこそ問いたい。178万円は、問題解決の数字か、それとも支持率維持の数字か。後者であれば、また次の「壁」が生まれる。

「年収の壁」とは?

「年収の壁」とは、一定の収入ラインを超えると税や社会保険の負担が急増し、可処分所得が逆に減る、または働くインセンティブが弱まる現象の総称である。典型的には以下の段差が知られる。

  • 103万円付近:所得税の配偶者控除に関するライン(控除の扱いが変わる)。
  • 106万円付近:一部のパート・アルバイトが社会保険適用となる基準(勤務先規模等に依存)。
  • 130万円付近:被扶養者から外れ、自身で社会保険料を負担する目安(勤務先・働き方により差)。
  • 150万円付近:配偶者特別控除の満額が出る上限の一つの目安(段階的に逓減)。

今回報じられた「178万円」は、これらの既存ラインを再配置または上書きする性格を持つ可能性がある。ただし、最終的な制度設計は法律・政省令で確定するため、詳細は今後の政府・与野党の協議次第だ。いずれにせよ、本質は「段差の位置」ではなく、「段差そのものをどうするか」だと捉えるべきだ。

「壁は消えない。動くのだ。しかも現場の都合ではなく、政治の都合で。」

178万円への引き上げが現場にもたらす変化

ニュースは「上げた/下げた」を報じる。しかし、178万円への引き上げは、単なる数字の変更ではない。税・社会保険・企業負担・働き方の行動が、連動して動く。以下では、中小企業の現場で実際に何が変わるのかをシンプルに整理する。

論点178万円引き上げで起きる変化現場(中小企業)への実務影響
税・配偶者控除控除レンジが後ろ倒しになる可能性家計手取りの計算が複雑化、説明コスト増
社会保険の適用適用基準が再定義・連動の可能性加入/非加入の境目で雇用調整が発生
企業の負担保険料負担や助成制度の見直し議論人件費増、シフト設計の再構築が必要
働き方の行動変化「壁」が178万円付近に移動就業調整が178万円前後に集中

ここで重要なのは、「損失回避」の心理が制度の段差にピタリと重なることだ。人は1円の得より、1円の損を2倍以上大きく感じるという行動経済学の知見がある。政治はそこを見逃さない。「損しないライン」を示すことで、短期の支持を得る。だが、社会保険制度の持続性、女性の就労機会、賃上げの構造改革—それらは「段差の移設」だけでは動かない。

なお、2023年には政府が「年収の壁・支援強化パッケージ」を打ち出し、事業主向けの支援金などで一時的な負担軽減を試みた経緯がある。今回の「178万円」へと続く流れは、その延長線上に位置づけられるという見方もできる。

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