縮小の美学——三省堂書店「神田神保町本店」が映す”小売業の持続可能な経営”

人の心に宿る揺らぎ

私たちは「失う」ことに痛みを感じやすい。これは罰を避ける動物的本能というより、生活を守るための古い知恵に近い。財布の中身が増える嬉しさよりも、減る不安が心を支配するのは、明日を予感する想像力が過敏に働くからだろう。だからこそ、売り場縮小という言葉の影は長く、実際以上の欠落を想像させる。私もそうだ。いつもの角が少し欠けただけでも、世界のかたちが崩れるような心持ちになる。

「損失は同額の利益より痛む」

ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』

この傾向を責めるのは簡単だが、責めたところで心の揺らぎは強くなるばかりだ。むしろ、違和感の発生源を見える化し、生活のリズムの中で調整することが大切だと私は感じる。たとえば、通い慣れた店のレイアウトが変わると、体は先にあるはずの棚に手を伸ばして空を掴む。その瞬間に「心の中で何かがずれた音がした」と気づけるかどうか。気づけたなら、私たちは不安を言葉に変え、言葉を選択に変えられる。

その痛みを言葉にするということーー。その難しさを、私はある友人の出来事から何度も思い出す。ここではKさんと呼ぶことにする。Kさんは、近所の小さな文具店が陳列を半分にした日、何も買わずに店を出てしまった。自分でも理由が分からなかったという。「欲しいものがない」というより「選ぶ根拠が見当たらない」ことが怖かったのだと、後から語った。これは、実は「判断の手がかりが消える」不安と結びついている。ならば、縮小は情報の空白ではなく「意味の濃度」を上げる動きであると、丁寧に示せばいい。小売の現場に必要なのは、数よりも物語の密度なのだと私は思う人もいるだろう。

「私たちは物語で世界を理解する」

ジェローム・ブルーナー

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