縮小の美学——三省堂書店「神田神保町本店」が映す”小売業の持続可能な経営”

社会と文化の狭間で

社会の側から見れば、「縮小」は経済合理性の言い換えに見える。インターネットでの情報取得が一般化し、店頭の売り上げは長い冬をくぐってきた。三省堂書店の本店売り上げは1998年のピークに比べ3分の1程度まで落ち込んだという(2022年時点)。それでも、街の入口に灯りをともすことを諦めない。2026年3月19日、三省堂書店「神田神保町本店」は、売り場面積を約6割に抑えた新しいかたちで再開する。約50万冊の在庫、約600坪の書籍・雑誌売り場、約30坪の雑貨、3階のカフェ45坪とイベント13坪。建物は13階建てで、高層階はオフィスとして貸し出す設計だ。

「厳しい戦いが待っているが、持続可能な書店運営を考えていかなければならない」

株式会社三省堂書店 代表取締役社長 亀井崇雄氏

この言葉は悲観ではない。むしろ、現実と希望の境界線を引く宣言のように響く。旧本店の2022年時点を基準に売上5割の確保を目指し、不足分はオフィス賃料で補う。小売単体の筋力だけで支えない「複合の骨組み」を用意する発想だ。私はこうした構造を、家の耐震壁に似ていると感じる。見えにくいが、暮らしの体重を受け止める仕組みがある。だからこそ、日々の歩みは静かに、しかし確かに継続できる。

文化が癒すもの、壊すもの。新店舗のコンセプトは「歩けば、世界がひろがる書店」。内装には「知の渓谷」(1階)、「探求の洞窟」「好奇心の泉」(2〜3階)という空間名が与えられ、偶然の出会いを促す動線が設計されている。オンラインとリアルをつなぐ「めくる塾」、オウンドメディアと現場が呼応する「つながる本棚」、未来の読書好きに向けた棚「ようこそ世界の入口へ」。文化の装置が、単なる陳列から「関係の技術」へ移行しているのがわかる。

3階には三省堂書店オリジナルカフェ「喫茶 ちそう」。4階にはキャラクターグッズの専門店が入居予定とされ、街の来訪理由を多層化する。地域の祭りである神保町ブックフェスティバル、ポッドキャスト「神保町で会いましょう」のような声のメディアとも連携する。文化は人を癒すが、ときに既存の秩序を静かに壊す。選択肢の無限化は「何も選べない」という疲労を生むことがある。だからこそ、縮小の美学が効いてくる。少ないことは、弱いことではない。少ないことは、選ばれているという静かな強度だ。

「家は記憶を守る器だ」

ガストン・バシュラール『空間の詩学』

書店という「家」は、誰の記憶を守り、どの声を未来に渡すのか。売り場が小さくなるとき、その問いはより鋭く、しかし優しくなる。私もそうだ。大きすぎる部屋では落ち着かなかった子どもの頃を思い出しながら、適切な狭さが心の輪郭をそっとなぞる感覚に頷いている。

家族という鏡

書店の棚は、家族の居間に似ている。親が選んだ背表紙の並びは、子の目に世界の基準をうっすらと刻む。売り場が減ることは、むしろ選書の意志がくっきりと現れるということでもある。先ほど、小さな文具店の変化に戸惑っていたKさんにも、もうひとつこんな話がある。Kさんの家では、親が週末に選ぶ3冊が、子どもの一週間の会話を作った。多すぎないことは、話し合えることだ。棚が語りすぎないから、食卓の声が増える。私もそうだ。選択肢の少ない夜ほど、対話は深く、長く続いた。

三省堂書店オリジナルカフェ「喫茶 ちそう」のようなカフェ空間は、沈黙と対話のちょうどいい境界線だ。カップの縁に光が溜まる時間、会話は泡のように浮いたり消えたりする。同じ階のイベントスペースは13坪——数字は小さく見えるが、物理的な密度は心理的な親密さに比例する。そこに声が集まり、沈黙もまた集まる。私たちは沈黙を恐れるが、沈黙は対話の休符だ。縮小とは、この休符を怖がらずに譜面に残すことでもある。

小さな場は、声の震えを受け止める。

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