
評価されない時間が会社を強くする――ルース・アサワに学ぶ「クリエイティブの寿命」
文・構成:長井 理沙(ストーリーテラー心理文化解説者)
- Context(背景):再評価の波が、見落とされてきた作家に届き始めている時代です。
- Emotion(心理):称賛が届かない空白が続くと、「自分の価値がないのでは」という不安が膨らみやすいです。
- Light(視点):待つのではなく編む。時間を味方に変える小さな営みが、最後に効いてきます。
窓を叩く雨が細い糸になり、街の輪郭を縫い合わせていく朝でした。光は粒となってキッチンのステンレスにこぼれ、体温の残るマグカップを静かに温め直します。評価されない時間の冷たさは、冬のシンクに触れた指先の感覚に似ています。しかし、そこに水を流し、手を動かすうちに、かじかんだ手は少しずつ自分の熱を思い出していきます。
今朝、MoMA「Ruth Asawa: A Retrospective」のニュースに触れました。誰かの名前が世界に呼ばれるとき、私たちの胸の奥でも、何か小さな音が鳴り始めます。その音は、祝福だけではなく、「やっと」の裏側に積み重なっていた「まだ」や「いまは」の重さも一緒に運んでくるのです。
ルース・アサワは、針金という最小の線で空気を彫り直すような表現を続けました。軽やかさのためには、どれほどの重みが必要だったのでしょうか。絡まりそうな線は、私たちの記憶や偏見とよく似ています。ほどくには時間がかかり、無理に引けば、どこかで切れてしまいます。
評価されない時間をどう生き延びるか。この問いはアーティストだけのものではありません。新規事業や新ブランド、デザイン刷新、採用広報、プロダクト改善など、成果が見えるまでに時間がかかる仕事ほど、経営の現場でも同じ痛みが起きます。
本稿では、MoMAがアサワを称えるという報道を起点に、「評価の遅れ=失敗」ではないという視点を、心理・文化・現場の実務へ翻訳していきます。とくにクリエイティブ・デザイン業の中小企業社長が、明日から意思決定に使える形で整理します。
結論を先に置きます。正当に評価されなかった時間をどう生き延びるかが、企業とブランドの本当の寿命を決めます。
目次
- 導入部:心の奥で鳴った音(ニュースとの出会い)
- 背景と心理:評価されない時間の正体
- 現場の視点:クリエイティブ・デザイン業の食卓から
- Q&A:心との対話(社長の迷いをほどく)
- 考察:痛みを受け入れる会社が長生きする理由
- 結び:雨上がりの光のように
導入部:心の奥で鳴った音(ニュースとの出会い)
雨の音が、網目のように世界をやさしく包む朝でした。スマートフォンの画面に浮かび上がったのは、MoMAがルース・アサワを大きく称えるという報道です(外部リンク:Washington Post記事)。私はこうした見出しに、いつもざらりとした感触を覚えます。「やっと」という言葉の背後に、長く続いた「まだ」が影のように伸びるからです。
アサワのワイヤー彫刻は、中空でありながら満ちています。形があるのに空気を通し、影を編み、見る人の呼吸を静かに変えていきます。ここに私は、経営にとっての重要な示唆を見ます。つまり、成果が見えない時間でも、内部の密度は増しているということです。

もしあなたが今、社内外から「それ、いつ成果が出るのですか?」と問われているなら、先に答えを置きます。成果が出るまで黙る会社ほど、長期戦で不利になります。なぜなら、評価が届く前に必要なのは「学習の可視化」と「物語の編集」だからです。
このテーマは、以前の関連記事とも地続きです(内部リンク:灯りを消したあと、ブランドはどこに住むのですか)。本稿では、そこからさらに踏み込み、社長の意思決定フレームとして使える形に整えます。















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