スルメイカ20%増でも儲からない?社長が損しない「価格×燃油×為替×TAC」判断術

解説・執筆:石垣 隆(経済政策アナリスト / 元経済紙論説委員)

  • 統計事実:太平洋側のスルメイカ来遊量は来年度20%増の予測です。
  • 構造課題:資源量・価格・費用が同時に動くため、利益が不安定になりやすいです。
  • 石垣の提言:投資は段階実行し、価格連動契約費用ヘッジで損失を回避します。

結論(BLUF):来年度のスルメイカ来遊量「20%増」予測は好材料です。ただし利益は「漁獲量×価格−費用」で決まります。価格下落、燃油費の高止まり、為替などの変数が動けば、量の増加は簡単に相殺されます。中小漁業の最適戦略は「一気の増産」ではなく、段階的な出漁柔軟雇用価格連動契約在庫運用の組み合わせです。

目次

数字で読み解くニュースの全貌

NHKの報道では、来年度の日本の太平洋側に来遊するスルメイカ量は20%増と予測されています(出典:NHKニュース)。一見すると収益改善に直結しそうですが、漁家の損益は「収入=漁獲量×販売単価」「費用=燃油・人件費・氷・運送・修繕・管理費」で決まります。量が20%増えても、単価が10〜15%下がり、燃油など可変費が上がれば、粗利は伸びません。重要なのは「量」ではなく「量・価格・費用の同時管理」です。

スルメイカは短命資源で、海洋環境(特に水温や黒潮・親潮の位置)に敏感です。ですから年変動が大きく、「今年だけ増える」可能性を常に残します。ここで固定費(設備・通年人員)を一気に増やすと、翌年の反動で損失が拡大しやすいです。損失回避の観点では、設備・人員・在庫・契約を段階的かつ連動させるのが安全策です。

「増えるのは漁獲量ではなく、固定費リスクになっていませんか」

制度面では、資源評価と管理の公開が進んでいます。たとえば水産庁はスルメイカの資源評価資料を公表しています(例:スルメイカ資源評価資料:スルメイカ(冬季発生系群))。資源が増える局面ほど、乱獲を避けながら利益を安定させる設計が重要です。本稿は、データと制度を「社長の意思決定」に翻訳します。

現状分析

「スルメイカ」とは?経営に効く経済的定義

スルメイカ(Todarodes pacificus)は、日本で消費量が大きい代表的なイカです。経営視点では、次の特徴を押さえると判断が早くなります。

  • 短期の変動:短命資源のため、資源回復と悪化が短期間で起きやすいです。
  • 価格の揺れ:輸入冷凍品など代替との競合で、国内水揚げ増が単価下押しになりやすいです。
  • 費用の外部ショック:燃油・電力・人件費の影響が大きく、原油や円安に振られます。
  • 制度制約:TACや資源評価、海域・期間の管理が操業判断に効いてきます。

ですからKPIは「漁獲量」だけでは弱いです。私は、社長の管理指標として「単位燃油当たり粗利」「単位労働当たり付加価値」を推奨します。量の最大化より、粗利の最大化が先です。

データが示す「不都合な真実」

公開資料を読むと、資源・価格・費用が同時に動いているのが分かります。水産庁の白書でも、海洋環境変化の影響が主要テーマとして扱われています(参考:水産白書(公式))。ここでは経営に必要な形で整理します(概数・指数での説明です)。

項目動き社長が見るべき点経営リスク
来遊量(予測)来年度+20%見通し「操業できる海域で獲れるか」過剰投資・固定費化
市場単価量増で下押ししやすい契約条項・品質で守れるか単価下落で粗利悪化
燃油・電力外部要因で上下共同購入・ピークカット可変費の上振れ
為替(円安)輸入コスト上昇代替輸入の値段がどう動くか需給・価格の再編
TAC・管理枠・ルールが効く操業の自由度と配分取り分・操業計画の制約
表1:来遊量・価格・費用・制度を「同時方程式」で見るための整理

「20%増」の含意を、社長が意思決定しやすい損益の感応度で示します。下表は、分かりやすくするために基準年:売上100、費用80、利益20を仮置きした概算です(実データは各社で置き換えてください)。

ケース漁獲量販売単価売上(指数)費用(指数)利益(指数)解釈
基準年1001001008020基準
量+20%/価格-10%/費用+5%120901088424利益は増えるが限定的
量+20%/価格-15%/費用+10%120851028814量増でも利益が減る
量+10%/価格据置/費用-5%1101001107634費用改善が効く
表2:損益感応度(概算例)—「量だけ」では勝てない理由

ここで大事なのは、量の増加は「単価下落」と「可変費上昇」を連れてきやすい点です。さらに「来遊する」と「自社の操業海域で獲れる」は別問題です。ですから、社長が守るべきは「固定費を増やさない」という原則です。

「量の20%増は、価格の10%下落と燃油の上振れで消えやすいです」

現場・市場の視点:太平洋側沿岸のインパクト

太平洋側の沿岸・沖合にとって、イカは回転の速い重要な現金収入です。来遊量が増える年は出漁回数が増え、加工場の稼働も上がります。ただし同時に、冷蔵・凍結のピーク、電力料金の上振れ、スポット人材の手当高騰が起きやすいです。つまり「水揚げの波」が設備・人員・資金繰りに波及します

ここで効くのが、価格連動契約在庫回転の上限です。相対契約にスライド条項を入れられると、単価下落時の粗利を守りやすいです。また在庫を積みすぎると保管費と値崩れの二重苦になるため、回転日数で管理します。

市場側は「量が増える」と聞いた瞬間に、相対契約で値下げ圧力がかかりやすいです。ここで社長が持つべき武器は品質の数値化です。温度履歴、歩留まり、鮮度管理の実績を示せると、価格交渉で守れる幅が増えます。

関連して、黒潮の変動が操業の不確実性を高めます。社内の意思決定フレームとしては、「海況×CPUE×粗利」を週次で更新する形が強いです。※内部リンク(関連記事):黒潮変動とCPUEを経営に落とす方法(関連記事)

「固定費は小さく、可変費を素早く動かします」――資源変動市場の鉄則です。

【Q&A】制度と課題の深層

Q1. 来遊量20%増の予測は、そのまま利益20%増を意味しますか?

A. 意味しません。利益は「量×価格−費用」で決まります。量増は単価下押しと費用増を伴いがちです。社長は「量」ではなく粗利KPIで判断するのが安全です。

Q2. 設備増強(冷凍庫増設・船外機更新)を今すぐ実行すべきですか?

A. 段階実行が妥当です。短命資源の来遊増は一過性の可能性があります。まずリースや共同利用で可変費対応し、稼働率と粗利の安定を確認してから固定化します。※内部リンク(資金繰り対策):季節資金と在庫回転で資金繰りを守る(関連記事)

Q3. 価格は上がりますか、下がりますか?

A. 基本シナリオは下押し圧力です。ただし円安や海外供給の制約があれば下値は硬くなります。価格を当てに行くより、価格連動契約品質差別化で守る方が再現性が高いです。

Q4. TACや資源管理は、どう活用すると経営に効きますか?

A. TACの枠内で操業計画を週次更新し、CPUEが落ちたら間引きを入れて利益を守ります。資源評価資料を読み、見通しの根拠も押さえます(外部リンク例:水産庁公開資料 スルメイカ(冬季発生系群)資源評価)。

解決策:社長が今日から打てる手

打ち手は「データ・価格・費用・人員・資金」を同時に動かします。損失回避の順に並べます。

1. データ:CPUEと粗利を一枚で見るダッシュボードにします

  • 出漁日報、漁獲、時間、燃油、氷、人件費を日次で記録します(表計算でも十分です)。
  • 週次で「単位燃油当たり粗利」「単位労働当たり付加価値」を可視化します。
  • 海況と操業結果を紐づけ、漁場選択の精度を上げます。

2. 価格:スライド条項・在庫回転・品質の3点で守ります

  • 相対契約に「市場価格スライド条項」を入れ、価格変動の一部を分担します。
  • 在庫は回転日数の上限(例:30日)を決め、過大在庫を避けます。
  • 温度履歴などを示し、規格プレミアムを狙います。
手段リスク低減メカニズム期待効果導入コスト
価格スライド条項価格変動を買手・売手で分担単価下落時の粗利維持
在庫回転日数の上限保管費・値崩れを抑制キャッシュフロー改善
品質指標の可視化非価格競争を強化プレミアム単価の獲得
表3:価格・在庫・品質戦略の要点

3. 費用:燃油・保管・航海時間を「小さく」します

  • 燃油は共同購入と給油タイミングの平準化で単価を下げます。
  • 航海時間を短縮し、操業密度を上げて可変費を抑えます。
  • 冷凍保管はピーク期だけ外部倉庫を短期契約し、平時は稼働率を抑えます。

体感として、燃油単価5%低減、航海時間10%短縮、保管日数20%短縮が重なると、量の増加に匹敵する改善になります。※内部リンク(コスト管理):燃油・物流コストを社長が抑える手順(関連記事)

4. 人員:繁忙期だけ増やし、固定費化を避けます

  • 繁忙期限定の短期雇用プールを地域で作ります(組合・自治体連携)。
  • オフ期は加工・出荷・整備へ回し、通年固定費を増やしません。
  • 作業KPIを置き、技能を標準化します。

5. 資金:運転資金と投資資金を分けて守ります

  • 季節資金は短期枠で調達し、在庫回転に連動して上限を管理します。
  • 設備はリース・共同利用を優先し、回収期間は3年以内を目安にします。
  • 共済などのセーフティネットで「損失の底」を作ります。

「増産に先立ち、損失の『底』を先に作ります」

総括:持続可能な収益構造への提言

スルメイカ来遊量の「20%増」は追い風です。ただし収益を決めるのは「量」ではなく「量×価格−費用」です。資源の数字に踊らされず、価格・設備・人員判断を冷静に行う視点が中小水産業には不可欠です。社長の原則は2つです。「固定費は小さく、可変費を素早く」、そして「増産に先立ち、損失の底を作る」です。

来年度の漁期は、データに基づく改善の年にします。週次でKPIを更新し、契約と在庫と費用の「型」を固めれば、資源の波を越えて競争力が上がります。

関連記事(内部リンク)

参考・出典(外部リンク)

(文・石垣 隆)

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