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希少性が生む熱と、公共が守る温度――名古屋市立大学が拓く「公立大付属・中等教育」の挑戦

論説・執筆:坂本 美咲(教育社会解説者 / 元新聞論説委員)

  • 事実の断片:名古屋市立大学が公立大初の中等教育学校を新設へ
  • 構造の歪み:希少校化が選抜熱を招き、地域格差と序列を再生産
  • 坂本の視点:公共哲学で「開かれた希少性」に転じる制度設計を

冬の朝、校門前の白い息は、まだ若い世界の約束のように立ちのぼる。手袋を外した掌の温みが、冷たい空気にじわりと奪われていく。名古屋市立大学が中高一貫の中等教育学校を設けるという。全国初の「公立大学の中等教育学校」である。希少性はいつも人の心を熱くする。だが、その熱は誰の手のひらを温めるのか。公共の名にふさわしい温度を保てるのか。静かな怒りと静かな希望を、制度の言葉で測り直したい。

目次

  • 導入部:季節の移ろいと社会の澱み
  • 事実と背景:定義と文脈/数字が語る沈黙の声
  • 現場・当事者の視点:教育・人材育成や愛知県の小さな祈り
  • 【Q&A】社会の問いに答える
  • 解決への道筋:制度設計と心の変容(ロードマップ提示)
  • 結び:未来への種まき

導入部:季節の移ろいと社会の澱み

頬を刺す寒気のなか、私は名古屋の風を思う。港から吹き上げる風は、製造のまちの鉄と油の記憶を運び、病院のガラス窓には一日のはじまりが薄く描かれる。掌を胸に当て、呼吸の深さを確かめる。社会という身体は、吸って吐いて、時に咳込む。名古屋市立大学が中等教育学校を設けるという報に、社会は少し深い呼吸を覚えたはずである。希少な試みは、人の心拍を上げる。しかし、上がった鼓動が、いつか息切れに変わるときがある。希少性が、必要な人の手のひらから温度を奪うことがあるからだ。

希少であるがゆえに、私たちは欲しくなる。枠が限られているからこそ、行列が生まれ、表門と裏門が生まれる。だが、教育は行列の管理ではない。教育は、呼吸の整え方を学ぶ場所であり、手のひらを重ねる技術を育む場である。希望の温度を失わない仕組みを、いま、公共の名において支度しなければならない。名古屋で始まる一歩は、全国の自治体に通じる試金石となる。

「希少性は熱を生む。しかし、公共は温度を守る。」

事実と背景:全国初の「公立大の中等教育学校」が映すもの

「公立大学の中等教育学校」とは?定義と文脈

報じられたのは、名古屋市立大学が中学段階から高校段階までの六年間を一体で学ぶ「中等教育学校」を新設する方針である。公立大学が自らの附属として設置する中等教育学校は、全国で初めてとされる。国立大学附属や私立大学附属の中等教育・一貫校は散見されるが、自治体が設置者である公立大学による一貫校は、制度上も運営上も新たなモデルとなる。

中等教育学校は、中学校と高等学校を別建てで併設する「併設型」や、学校同士が接続を定める「連携型」と異なり、六年を通じてカリキュラムと生徒集団を統合できる。専門性の高い教員配置、探究やPBL(課題解決型学習)の連続性、早期の進路意識形成などの利点がある一方、入学段階での選抜が強固になりやすく、地域の公立中学校・高校との関係調整、特別な教育支援を必要とする生徒の包摂など、公共性に関わる課題が浮かび上がる。

名古屋市立大学は医・薬・看護・芸術工学などを擁する実学志向の公立大学である。地域医療や都市デザイン、福祉と産業の接点に強みをもつ。その附属に中等教育学校を置くということは、医療・福祉・デザイン・AI・ものづくりの横断教育と、地域の人材育成の新たな接点をひらく可能性を意味する。ゆえにこそ、制度設計には「希少性の公共化」が問われる。

数字が語る沈黙の声(比較と制度の地図)

区分設置主体入学時選抜カリキュラム地域連携備考
中等教育学校公立/国立/私立小学卒時(6年一貫)6年統合・探究一体設計大学・研究機関との接続が容易高校段階で外部受入は限定的
併設型中高一貫主に私立・一部公立小学卒時(多くは一貫)中高別設計/接続強学校法人・地域企業と連携高校段階で若干名募集あり
連携型中高一貫公立中心中学入学は学区/高校接続で選抜連携協定に基づく接続自治体主導の地域連携柔軟だが統合度は限定
公立大附属・中等教育(新)公立大学(自治体)小学卒時(選抜方法要設計)大学資源活用・医工福連携地方創生・産学官連携の中核全国初の制度運用モデル
制度比較:入学の仕組みと学びの統合度、公共性の強度が異なる
観点期待される利点潜在的リスク回避・緩和の政策手段
希少性注目を集め投資と人材が集まる過度な選抜熱・序列化抽選併用選抜、地域枠、情報公開
大学連携研究資源・人材育成の直結大学志向の過度な専門化基礎学力保証、総合探究の必修化
地域人材地元定着、産業と教育の往還外部流出・囲い込みの批判地域開放科目、学校間コンソーシアム
ジェンダー/包摂多様なロールモデル提示理工・医療分野の固定観念再生産ジェンダー指標のKPI化、支援体制
政策デザインの骨子:利点とリスクを対で設計する

公教育の制度は、理念だけで歩かない。歩幅を決めるのは、選抜の方法、学費・負担の構造、地域との関係、情報公開の徹底といった「細部」である。希少であるほど、細部は冷えやすい。だからこそ、手のひらの温度で確かめたい。いま必要なのは、「開かれた希少性」を制度に刻むことだ。

「希少であることを、特権ではなく、公共の実験場に。」

現場・当事者の視点:教育・人材育成や愛知県の小さな祈り

愛知県は製造業の集積と大学・研究機関の厚みを併せ持つ。名古屋市立大学はその都市に根ざし、医療・看護の現場や都市政策と密に往還してきた。中等教育学校の新設は、地域の病院や研究室、福祉施設や中小企業の工場と、13歳から18歳の学びを直結させる可能性を開く。たとえば、臨床現場の課題をデザイン思考で可視化し、統計と倫理で検証し、プロトタイプを大学の設備で試作し、地域の現場で改良する。六年間の探究は、地域社会の呼吸と重なるだろう。

しかし、現場の祈りはいつも控えめだ。「この子の呼吸を乱さないでほしい」「手のひらの温度が消えないように」。選抜の在り方ひとつで、12歳の夜の眠りは浅くなる。希少校に向かう行列は、塾と通信教育という市場をつくる。家庭の所得差は、見えない行列の順番を入れ替える。公立大学が設ける学校であるならば、ここに最初の線を引きたい。「誰のための希少性か」を、入学制度と学費、奨学制度、通学手段の整え方で可視化するのである。

ジェンダーの視点も欠かせない。医療や福祉、工学・情報の現場には、いまだ見えにくい壁がある。進路選択の初期段階で、ロールモデルと経験の差が、静かに分岐を生む。公立大附属の中等教育学校であれば、授業や課外、メンター制度の設計に「ジェンダー公平と多様性」をKPIとして埋め込める。公開データとして毎年報告し、地域の事業所や大学院生とのリバースメンタリングを制度化する。静かな改善が、次の世代の呼吸を深くする。

「入口の公平は、出口の自由を支える。」

この社会構造の歪みは、以前論じた『公立・私立の境界を越える「学びの共通インフラ」』の時と変わっていない。違いは、いま、自治体が設置者として前に出ることだ。公共の責任で、希少性の熱を、地域にひらく温度へ変換する。その変換装置の設計こそが、今回の挑戦の要である。

【Q&A】社会の問いに答える

Q. 公立大が中等教育学校をつくると、地域の公立中・高は不利にならないか?

A. 不利にしない設計は可能である。具体的には、1) 中等教育学校の探究・選択科目の一部を「地域開放科目」として周辺校生徒にも提供する、2) 教員研修・教材・評価ルーブリックをオープン化して共有する、3) 研究設備の見学・貸出を地域コンソーシアムで運用する、などである。競争をゼロサムにしない「共通インフラ化」が要諦である。

Q. 選抜熱を抑える現実的な方法は?

A. 抽選併用選抜が現実的である。学力検査一本化を避け、基礎リテラシーと学びの意欲を短時間で測る適性検査・ポートフォリオに一定の基準点を設け、その通過者の中から地域ブロック単位で抽選を行う。加えて、通学区域の偏在を避ける「通学アクセス指数」を評価項目に加えると、実質的な機会均等が担保されやすい。

Q. 産学官連携は教育の中立性を損なわないか?

A. ガバナンス設計が鍵である。寄附・連携協定の透明化、教育課程への介入禁止条項、倫理審査(IRBに準じる教育版)の設置、第三者委員会による年次評価を制度化することで、教育の独立性と連携の実効性は両立しうる。連携を「教材化」して公開することも、公共性の可視化に資する。

Q. 医療・福祉・工学の強みを、過度な専門化にしないには?

A. 「基礎×越境×社会実装」の三層で設計する。全員必修の基礎学力(言語・数理・情報・市民性)を強固にし、越境科目(医工連携、社会福祉×デザインなど)で視野を広げ、社会実装(地域課題の探究)で関係性を学ぶ。六年間の「一般教養としての専門の見方」を保証し、進路の自由を守る。

事実と背景の深掘り:制度・比較・推移の俯瞰図

制度名根拠法令・通知学校種選抜方式の例情報公開項目(推奨)
中等教育学校学校教育法、関連省令前期課程(中学)・後期課程(高校)適性検査、抽選併用、ポートフォリオ応募倍率、入学者属性、教育課程・KPI
大学附属学校設置認可基準、各設置者規程附属小中高・中等教育附属間連携・内部進学附属間選抜の透明性、支援体制
公立大学運営地方独立行政法人法等大学・大学院財務・ガバナンス、連携協定
制度の地図:根拠法と公開の要点を重ねて設計する

推移の観点では、中高一貫教育はこの二十余年で形を変え、地域の教育選択を広げてきた。だが、選択が自由であるほど、情報格差と支援格差が影を落とす。公立大学附属という新しい希少性は、支援の設計を前提にしなければならない。「希少さ」を先に設け、「支援」はあとから――それでは、温度が失われる。

「支援は付け足しではない。希少性の中核である。」

解決への道筋:制度設計と心の変容(ロードマップ提示)

現場の体温を保ちながら、制度を固めていく。そのためのロードマップを、短期・中期・長期に分けて提示する。政策は感情に敏感でなければならないが、感情に流されてもいけない。掌の温度と同時に、数値とKPIで確かめる。

短期(〜開校まで):入口の公平と透明性を設計する

  • 選抜方式:基礎力基準+地域ブロック抽選+配慮枠(就学援助世帯、障害のある児童、生徒/言語背景多様層)
  • 授業料・費用:授業料無償化対象の明確化、教材・探究費の上限設定、交通費補助の制度化
  • 情報公開:応募倍率、入学者の属性(ジェンダー、所得階層 proxy、通学時間帯)の毎年公開
  • 倫理・ガバナンス:連携協定の公開、教育版IRBの設置、第三者評価委員会の発足

中期(開校〜3年):学びの共通インフラを地域にひらく

  • 地域開放科目:大学の教員・院生・現場専門職と共同で、近隣校にオンライン+対面で提供
  • 教員研修コンソーシアム:授業研究、ICT、探究評価の研修を自治体・大学で共同開催
  • データ基盤:学習ログ・探究成果の匿名化データセットを地域で共有、教育データ利活用の倫理規範整備
  • ジェンダー・多様性KPI:理工・医療探究の女子参加率、教職員の多様性、メンタリング実施率の可視化

長期(3年〜):地域人材エコシステムと「開かれた希少性」

  • 履修互換ネットワーク:他校との単位互換、マイクロクレデンシャル化、リカレント教育との接続
  • 社会実装ハブ:大学・自治体・企業・NPOが共創する「地域課題スタジオ」を常設し、公開審査・公開失敗を文化に
  • 財政の多角化:ふるさと納税型・教育寄附の透明化スキーム、住民参加型予算での学び支援
  • 評価と改善:外部有識者・当事者による三年ごとのレビュー、KPIの更新、制度の可塑性を担保
KPI領域指標(例)測定頻度公開方法
アクセスの公平応募倍率の地域差、通学時間中央値、配慮枠の充足率年次年次報告書・ウェブ公開
学びの質探究課題の外部評価、基礎学力到達度(標準化テストでなくルーブリック)学期・年次研究紀要・公開研究会
ジェンダー/多様性理工・医療系探究の女子参加率、文化・スポーツの機会均等指標年次ダッシュボード形式
地域連携開放科目の受益者数、共創プロジェクト数・成果物公開数学期・年次オープンリポジトリ
「温度」を測る定規:量的・質的指標の二刀流で可視化する

制度の細部:入学・学費・交通・支援のデザイン

入口の公平性は、制度の四点セット――入学、学費、交通、支援――で決まる。ここでは、愛知県・名古屋市の地理条件と通学圏を踏まえた実装案を整理する。いずれも、自治体と大学、地域交通事業者、学校現場、NPOの協業が前提となる。

  • 入学:適性検査(読解・数理・情報・市民性の短時間課題)+ポートフォリオ(学校記録・探究意欲)で基準点評価、地域ブロック抽選で最終決定。配慮枠を制度化。
  • 学費:授業料の公的基準に準拠しつつ、探究費用の上限設定と学校側負担の割合を規程化。就学援助世帯・中間層への段階的補助を整備。
  • 交通:通学定期の補助と、アクセス困難地域への通学バス実証。通学時間に配慮した登校時刻の柔軟化。
  • 支援:日本語指導、発達特性支援、メンタルヘルス、医療的ケアの連携窓口を学校内に一体配置。大学附属の強みを生かし、専門職が学校に常駐・巡回。

制度は冷たい。だが、制度は温度を伝える媒体でもある。手のひらを重ねるための時間割、呼吸を整えるための保健室、静かな居場所。公立大附属の中等教育学校なら、それができる。公共の名において、それをやるべきである。

比較と参照枠:他のモデルから学ぶ(過度な一般化を避けて)

国立大学附属や私立大学附属の実践から学ぶべき点は多い。ただし、設置者が自治体であることは決定的に異なる。財政、説明責任、地域連携の義務が強いからだ。参考までに、国内外の「大学と中等教育の接続モデル」を、制度と公共性の観点から抽象化して比較する。

モデル設置者公共性の担保手段選抜・アクセス学びの特徴
国立大附属中等教育国立大学法人国のガイドライン、附属校ネットワーク適性検査中心、内部進学一部教育研究校としての実験性
私立大附属一貫校学校法人学校評価・私学助成の枠組み学費・寄附依存、選抜厳格特色教育・進学実績重視
公立大附属中等教育(新)自治体(公立大学)議会・住民監査、情報公開条例地域配慮・抽選併用の設計余地地域課題直結・大学資源の公共化
海外:Lab School型大学・自治体連携理事会・保護者協働・公開授業多様な選抜、課題解決重視教育研究と実践の循環
抽象化された比較:モデルごとの「公共性の作法」

OECDの教育指標は、選択制の拡大が学力上位層の成果を押し上げる一方で、社会経済的背景による分散を拡大させうることを繰り返し指摘してきた(Education at a Glance 等)。ゆえに、選択を広げるときこそ、アクセスの公平・支援の充実・評価の多元化を組み込む必要がある。希少性が価値を生むが、公共性が価値を配る。配る仕組みを、最初からつくる。

データ出典・読み方の注意

  • 本稿の制度比較は、学校教育法および文部科学省の公開資料(学校基本調査、審議会資料等)の枠組みを踏まえた一般的整理である。
  • 国内外のモデル比較は制度設計の抽象化であり、個別校の運用を断定するものではない。
  • OECDの示すエビデンスは平均傾向であり、政策実装の文脈により効果は異なる。地域指標との突き合わせが必要である。

現場の呼吸:小さなエピソードから

放課後の理科室で、アルコールランプの火を見つめる生徒がいる。白い息が窓ガラスに丸い輪をつくる。彼は言う。「僕の手、あったかいけど、すぐ冷める」。温度は、置かれる環境で変わる。希少校に進むか、地元の学校で学ぶか。その選択が、温度の差を生まないようにするのが公共の役目だ。火を大きくするより、手を差し出すこと。公共の希少性は、手のひらの重なりで育まれる。

「火を囲む円の大きさではなく、手の重なりを増やす。」

参考・出典・注記

結び:未来への種まき

冬は種を守る季節である。見えないところで根は伸びる。名古屋市立大学の挑戦は、希少性という名の熱を帯びる。しかし、熱は失われやすい。公共が温度を守る。その作法を、入学制度と学費、交通と支援、データと対話に刻み込む。手のひらの温度で確かめながら、静かに、しかし確かに前へ進む。教育は、未来の呼吸を整える営みである。だから、ゆっくりと、しかし怯まずに。ここからはじまる息を、地域とともに深くしたい。

提言の要約(ロードマップ)

  • 短期:基礎力基準+抽選併用の選抜、配慮枠と費用上限設定、協定とIRBの公開、KPIの初期設定
  • 中期:開放科目・教員研修の共通化、データ基盤の倫理運用、ジェンダーと多様性のダッシュボード
  • 長期:単位互換ネットワーク、社会実装ハブ、住民参加型予算・透明な寄附、三年ごとの外部レビュー

出典:対象ニュース・関連資料

(文・坂本 美咲)https://news-everyday.net/

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