
物価高でも売上が落ちにくい理由──推し活3.5兆円に学ぶ「中小小売の売り場設計」とKPI
背景と心理|物価高と「諦めきれない」衝動
「推し活」とは? 言葉の重みと定義
推し活は、「特定の対象(人・作品・ブランド・地域)への愛着を表現・共有する一連の行動」の総称だ。グッズ購入、チケット取得、聖地巡礼、SNSでの布教、同じ持ち物を揃えるミラーリングなど、その形は多様である。心理学で言えば、古典的にはホートンとウォール(1956)が定義したパラソーシャル関係──一方向の親密さ──を、共同体と儀式によって双方向風に強化する営みとも言える。
コロナ禍はこの行動に転機を与えた。孤独を抱えた身体がオンラインに集い、離れていながら同時に歓声をあげた夜を、私たちは覚えている。利他的な側面も拡張された。「推しのために」が、「推しを通じて誰かとつながる」に変わるとき、財布の紐は一見固くなりながら、別の糸口でほどける。
さらに近年は、企業側がその構造を理解し始めた。経営者は「エンタメ消費」という新たな予算枠を前提に商品・価格設計を見直し、中央銀行の地域報告にも「推し活」が登場する。これは単なる流行語ではない。生活財と体験財の間に、新しい会計行為が生まれたということだ。
「推しは、値札ではなく、体温で選ばれる。」その体温を測る温度計を、店は持てているだろうか。
データに見る「心の揺らぎ」
推し活市場は約3.5兆円規模とされ、インフレや円安の影響を受けにくい支出カテゴリーとして報告されている。若年層だけでなく、中高年の可処分所得が支える面も見逃せない。では、個人の心の動きと社会の構造は、どのように響き合っているのだろう。
| 軸 | 従来の消費 | 推し活消費 | 小売の設計示唆 | 測定指標(KPI) |
|---|---|---|---|---|
| 動機 | 自分の利便・所有欲 | 共感・帰属・儀式化 | 「参加できる棚」づくり(投票・予約・限定) | 参加率、UGC投稿率、予約比率 |
| 価格耐性 | 家計の可処分範囲で最適化 | 別財布(エンタメ予算)で意思決定 | 価格の物語化(番号・記念日・ストーリー) | プレミアム比率、限定完売速度 |
| 時間 | 即時性・便利さ | 待つ楽しみ・発売日という祝日 | 「祭り日」運営(カウントダウン・整理券) | 発売日売上、来店ピークの平準化 |
| 空間 | 効率的な陳列 | 聖地・撮影スポット・巡礼導線 | 写真映え導線、スタンプラリー | 撮影回数、回遊距離、再訪率 |
| 関係性 | 顧客と店の取引 | ファン同士の共同体 | ファン掲示板・店員の推し公開 | コミュニティ参加数、イベント参加率 |
数字の背後にあるのは、「買う理由」から「一緒に生きる理由」への移行だ。店は価格や在庫の議論だけでなく、「祝祭の設計」へと役割を広げている。
「財布の中に、もうひとつの小さな聖域ができた。」













この記事へのコメントはありません。