
NYダウ最高値、円は158円台。資産市場の熱狂で、最後に笑うのは誰か
本質の分析:権力構造の闇と光
為替と株価は、市場の声であると同時に、権力の影絵だ。FRBはインフレ期待を錨で固定し、日本銀行は賃金と物価の好循環を慎重に見極める。どちらも正しい。だが、市場は正しいかどうかより、「速いかどうか」を恐れる。遅い政策は、正しくとも価格に負けることがある。そこに裁定が生まれ、円は売られ、米株は買われる。
政治の側面を忘れてはいけない。為替の急変は、有権者の生活に直結する。与野党ともに、円安の果実(輸出・株価)と痛み(輸入・生活費)のバランスに目を配るが、選挙の年は特に、言葉は増えて行動は減る傾向があるという見方もできる。だからこそ、市場は政治の沈黙を「黙認」と読み替える。介入の観測だけが景気よく踊り、構造改革の議論は踊らない。
では、光はあるのか。ある。希少性は移ろう。日本の企業収益は、コスト構造の見直しと為替耐性の向上で、底堅さを増している。コーポレートガバナンス改革は、資本効率の改善を迫り、世界の資金を呼び戻しつつある。「中身の良い日本株」は、希少性の再発見という形で評価される余地がある。問題は、それを「物語」として国際投資家に届ける翻訳者が十分か、だ。
「金利差は現象、期待は原因、為替は結果」
市場の古典より
最後に、メディアの役割。最高値はニュースにしやすい。だが、読者が知りたいのは、次に起きうる不均衡だ。たとえば、ドル資産一本足打法の脆さや、介入期待の副作用、NISAマネーの偏在。報じにくいのは分かる。だが、報じない代償は、いつも家計が払う。ここにこそ、報道の倫理が問われる。













この記事へのコメントはありません。