
大たまごっち展に学ぶ「体験で売る」5つの設計——体験がない会社は価格でしか選ばれなくなる
考察と受容:痛みを受け入れるということ
損失回避は、人を臆病にも、やさしくもする。なくしたくないという気持ちは、守りたい誰かの存在を教える。第4次の波は、私たちが「何を守りたいか」をもう一度思い出している証だ。だから、体験設計は恐怖で縛るのではなく、守りたい気持ちを誇りに変える道であってほしい。
たまごっちの展示は、監視の部屋というメタな視点も差し出した。私たちは互いを見守り、見守られながら生きている。SNSの視線に疲れた心に、あの部屋は問いかける。「見られること」は罰ではなく、関わりの合図でありえる、と。そこに、技術のやさしい使い方がある。
「体験がない会社は、価格でしか選ばれなくなる」。この定理の冷たさに、現場は怯えなくてよい。体験とは大掛かりな設備や予算のことではない。湿度、視線、言葉、別れ。人間の生き方を尊ぶ小さな単位の重ね合わせだ。今日、入口の音を1秒静かにするだけでも、何かが変わる。
「忘れられないものを、忘れずにいる方法」
私は、たまごっちの「お墓」を前に、胸の内でかつての自分に手紙を書いた。「ごめんね」を「ありがとう」に書き換えるために。あの小さな屏風に囲まれた名もなき別れは、確かに私の中の何かをほどいた。痛みを受け入れる設計は、人をやわらかくする。

ここでもう一度、実務の視線に戻る。中小企業が価格競争から抜けるために、体験の損失回避をどう活かすか。要諦は三つだ。「大切を取りこぼさない工夫」「別れをやさしく包む段取り」「自分たちの視点を共有する勇気」。これだけで、あなたの店やサービスは、物語を持つ。
| 焦点 | やること | 避けられる損失 | 顧客の言葉の変化 |
|---|---|---|---|
| 大切の拾い上げ | 初訪時の1分間ガイド/記念のしおり | 「良さに気づかれない損」 | 「ここ、私のための場所だと感じた」 |
| やさしい別れ | 最終回の案内/お礼のメッセージ | 「終わりの後味の悪さ」 | 「また戻ってきたくなった」 |
| 視点の共有 | 作り手の目線を見せる小窓 | 「誤解される損」 | 「背景を知って、味が変わった」 |
結び:雨上がりの光のように
外に出ると、雨は上がっていた。舗道の水たまりに、街の光が散り、揺れる。足もとに映る光を踏まないように歩く。掌にあの卵の感触を思い出しながら。失わないためにできることは多くない。けれど、忘れないためにできることなら、今すぐにでも始められる。
あなたが明日、店の前で深呼吸をしてから鍵を回すなら。それだけで十分だ。体験は、そうして始まる。誰かの心の中に、小さな電子音が鳴るように。雨上がりの光が、あなたの仕事の上にも、静かに降りてきますように。
参考・出典:https://www.fnn.jp/articles/-/989038
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(文・長井 理沙)













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