成果主義が会社を壊す——不正31億円事件で読む「報酬制度設計の臨界点と改革指針」5項目

現状分析(Trend→Cause→Solution):成果主義の臨界点

「成果主義」とは?経済的定義と営業現場での具体形

経済学における成果主義は、代理人(営業)に対し成果に連動した報酬を設定し、努力と結果の観測不可能性(モラルハザード)を補正する契約である。生保営業では典型的に、初年度保険料の一定割合(初年度コミッション)+継続維持に応じた更新コミッション+インセンティブ・ボーナスで構成される。短期の販売と長期の維持率の両方にインセンティブを付す設計が望ましいが、設計次第で短期成果に過度な重みが付く。過度な重み付けは、①適合性審査の形骸化、②リファーラル(紹介)に依存した関係性の囲い込み、③非公的投資話等の越境行為の誘発、という3つの歪みを生む。今回の事案はこの典型パターンに合致する。

データが示す「不都合な真実」—不正誘因の期待値計算

行動の意思決定は「期待不正利得=短期コミッション+副収入−(検知確率×制裁期待値)」で近似できる。検知確率が低く、制裁の金銭的確実性が低い場合、期待利得は正となる。一次情報から確定できるのは損害額と未返金額である。ここから示唆を導く。

項目現状の示唆制度設計上の意味
未返金額(23億円)回収不能・判明遅延が多い検知確率の低さと制裁回収の弱さ
関与者平均関与額(約2,897万円)個人単位で高額短期報酬が高く、抑止力を上回る
被害者平均(最大620万円)個人家計にとって重大顧客側の損失回避による離反が不可逆
不都合な真実と制度示唆(平均は推計値)

顧客の損失回避性は、同額の利益より損失の心理的効用が2倍程度大きいことを意味する。保険は信頼財であるため、1件の不正が企業価値に与える負の外部性は、営業の短期売上増の内部化利益を大きく上回る。にもかかわらず不正が発生したのは、企業内部の報酬制度が外部負の外部性を十分に内部化していなかったからである。対策は、内部化の機構(繰延・没収・評価指標の非財務比率)を導入することに尽きる。


現場・市場の視点:その他業界への経済的インパクト

本件は保険に限られない。住宅、不動産仲介、証券リテール、学習塾等、個人と長期契約を結ぶ高関与サービスはすべて「信頼財」であり、報酬が短期成果偏重であれば同様のリスクを内包する。経営層に必要なのは、まず「何を失うか」を金額で示す損失回避の視点である。推計として、解約率上昇、紹介の自然減、採用市場での企業選好低下、規制対応コスト増を足し合わせると、不正1件あたりの長期期待損失は短期コミッションを2〜10倍上回ることが多い(業種横断の一般則、※推計レンジ)。

投資家の視点では、補償・調査・再発防止投資は短期的に費用化されるが、中長期のキャッシュフロー安定化に資する。規制当局の視点では、顧客本位の業務運営原則の実効性評価が課題であり、KPIの開示(苦情件数/1,000契約、初年度解約率、販売勧誘プロセス逸脱検知件数等)を強化する方向に進む可能性が高い。市場全体のトレンドは「販売から保全へ」「短期から長期へ」の再配分である。

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