物価高下で効く「赤字は広告費」戦略――10円セールと1万円ママチャリの経済学

現状分析:家計・物価・賃金の三点測量

「目玉商品」とは?経済的定義

目玉商品とは、意図的に低価格(しばしば赤字)で販売するSKUを指し、目的は短期の利益最大化ではなく、来店頻度(Traffic)、店内回遊(Dwell Time)、関連購買(Basket Size)を通じた粗利最大化にある。補完財の粗利で赤字分を吸収する構造を持ち、時間割引率と再来店確率を含むライフタイムバリュー(LTV)の関数で最適化するのが基本設計である。

制度論としては、景品表示法上の景品類提供規制は価格割引には直接適用されず、独禁法上の再販売価格維持・優越的地位濫用にも原則抵触しない。ただし、有利誤認の恐れがある過剰表示、数量希少を用いた不当表示、入店管理不十分による安全配慮義務違反はリスクである。したがって、価格表示の真正性、数量と時間の明確化、混雑の安全設計は制度対応上の必須条件である。

データが示す「不都合な真実」

食料価格は上昇、実質賃金は低下、名目売上は伸びても数量は伸びにくい。家計は「安値のアンカー」に敏感化している。主要指標を俯瞰する。

指標2022年2023年2024年注記
消費者物価(総合,前年比)+2.5%前後+3.2%前後+2~3%台総務省CPI(※範囲表示,一部推計)
食料(生鮮除く,前年比)+4~5%+8%前後+6%前後家計体感の上昇圧が強い(※推計)
実質賃金(前年比)▲1%前後▲2~3%▲1~2%厚労省毎勤(名目+賞与の伸びに届かず)
小売売上(名目,前年比)+2~3%+5~6%+3~4%経産省商業動態(数量は横ばい~微減)
家計の節約志向(アンケート)上昇高止まり高止まり各社意識調査の共通傾向
家計・物価・賃金の推移(※一部推計値、一次情報は総務省CPI・厚労省毎勤・経産省商業動態)

この環境では、通常価格の値上げで粗利を守るほど数量が落ち、利益が痩せる。逆に、限定SKUに赤字を集中させ、他SKUの粗利回収線を設計した方が全体最適化しやすい。需要の価格弾力性と交差弾力性(補完財との関連)を読み解くことが全てである。


現場・市場の視点:10円セール/詰め放題/1万円自転車の単位経済

ニュースの三事例(地域スーパーの10円まつり、クリーニング詰め放題半額、ドン・キホーテの1万円自転車)は、いずれもロスリーダー+補完財の粗利回収の教科書例である。以下、単位経済(ユニットエコノミクス)を明示し、再現可能な形に落とす。

ケース1:月2回「10円まつり」の設計

事実関係は、開店前に約70人が行列、開始3分でタマネギが品切れ。企業側は「トントンか赤字もある。これは経費」と明言。ここから導出できるKPIの骨格は以下である。

項目想定値根拠・補足
対象SKUタマネギ・ニンジン・モヤシ等主食材で補完財が多い
販売価格10円(税込)赤字設定
仕入・原価20~35円/個相場変動あり(※推計)
赤字額/個10~25円価格差
配布数量各SKU 200~300個行列規模からの推計
総赤字(SKU合計)6,000~15,000円/回赤字/個×数量
関連購買の追加粗利400~600円/人平均客単価+粗利率25~30%(※推計)
必要回収人数15~30人総赤字÷追加粗利
「10円まつり」の赤字=広告費の回収計算(モデル)

行列70人に対し、15~30人の回収で赤字は相殺できる計算であり、来店者全体の3~5割が「関連購買」で1,500~2,000円のバスケットを作れば十分成立する。買い回り導線(惣菜・肉・調味料)とエンド陳列が鍵である。さらに重要なのは、再来店確率(翌週・翌月)であり、LINE友だち登録やアプリ会員化でLTVの回収期間を延伸できる。

「安さは孤立させない。安さの隣に粗利を置く」。クロスMD(関連陳列)と動線の制度化で回収線が安定する。

ケース2:50円袋「詰め放題で全部半額」の経済性

袋代50円で割引スイッチを押す方式は、顧客が「努力で得られるお得感」を強く感じるメカニズムで、参加チケット+二部料金に近い。カーテンやワイシャツをまとめると8000円→半額の事例が報じられている。以下、P/Lの素描を置く。

項目通常詰め放題適用コメント
平均取扱点数5点10~15点まとめ出しを誘発
平均売上3,000円6,000~12,000円「全部半額」だが点数増で絶対額は維持
粗利率(洗い)40~50%25~35%値引きで低下
粗利額1,200~1,500円1,500~4,200円点数増で粗利額はむしろ拡大可
袋売上0円50円手数料的にコスト相殺
回収軸単発ロイヤルティ・再来店次回券/会員化と親和
クリーニング「詰め放題半額」の粗利構造(※モデル、数値は推計)

この設計は、容量制約サービス稼働率の平準化に効果がある。週内のアイドル時間帯に受け渡しを誘導すれば人件費当たり処理量が向上する。袋の完売は、需要が供給制約(処理能力)を超過しやすいサインであり、数量・期間・対象品目のルール明確化が必要である。

ケース3:ライト・鍵・荷台を外した「1万円自転車」

税抜1万円(税込1.1万円)のママチャリは、ベース車両のBOM(部材)から付帯機能を外し、オプションとして別売にすることで入口価格を極小化している。入口の価格アンカーが強烈な集客を生み、鍵・ライト・荷台・ヘルメットなどで粗利を積む発想である。

項目ベース車両オプション(別売)粗利設計
販売価格10,000円(税抜)各1,000~3,000円オプション粗利率は高め
原価(※推計)7,000~8,500円500~1,500円スケールで低減
粗利額(※推計)1,500~3,000円合計2,000~4,000円バンドルで最大化
付帯販売率50~80%鍵・ライトは安全必需規格互換性で誘導
客層価格敏感層安全・便利志向層二段階価格戦略
入口価格のアンカー戦略(数値は※推計)

安全関連を外す設計はリスクもある。道路交通法上ライトは必須であり、販売時の説明・店内動線での同時購入誘導、安全配慮義務に関する表示整備が求められる。だが、来店を生む初速効果は極めて大きい。

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。