
円高進行で株価1000円安、市場を覆う“損失恐怖”が連鎖した一日
現場・世論の視点——金融・投資業の実務とSNSの反応
金融・投資業の現場は、ニュースの見出しよりシステムのログを信じる。どの板が薄くなり、どの時間帯に先物が主導し、どのセクターに回避資金が流れたか。そこに「損失回避」の足跡が見える。モメンタム系ファンドはルールに従い売る。裁量系はルールと胃の痛みの間で揺れる。個人は証券アプリのスマホ画面を更新連打する。総じて人は、合理性よりも睡眠時間を守ろうとする。
SNSでは、「円高くるならもっと早く言って」「結局、現金が最強」といった投稿が目立つ。これが世論の素直な反応だろう。だが、ここにも罠がある。「現金最強」は真理に近いが、資本市場の外に退避し続けることはインフレ耐性を弱める。損失回避が過度になると、長期の富の形成機会を逃す。恐怖の正体を見極めずに恐れることが、最大のコストとなる。
金融機関のリテール部門は、こういう局面で顧客に「分散」「長期」「リバランス」を説く。ベタだが、ベタが強い。ただし説得の言葉は、顧客の「損をしたくない」に寄り添う必要がある。「売らなければ損ではない」は慰めにしかならない。むしろ、「損を確定しない、かつ将来の損を減らす選択をセットで作る」こと。例えば、高ボラティリティ資産の一部縮小と、ディフェンシブ・配当株や短期債への回し。ルール化すれば胃薬が減る。
一方、事業会社の財務は為替前提を見直すタイミングだ。輸出企業はヘッジ比率の再点検、輸入企業はコスト見通しの更新。CFOにとっての「損失回避」は、四半期決算の予見可能性を高めることに尽きる。市場が恐怖で振れるなら、企業は淡々と「予見可能性」を積む。それがバリュエーションの防波堤になる。
「恐怖に勝つ」のではなく、「恐怖に先回りする」。それが金融の現場で言う『リスク管理』の中身だ。
この構図は、以前取り上げた記事『金利一転—市場は「慣れ」た頃に足をすくわれる』の事例と全く同じだ。平時のルールが、非常時の盾になる。逆に、非常時に新ルールを作ろうとすると、多くの場合は「売りの後追い」になる。設計は晴れの日に、運用は雨の日に。これは政治にも投資にも通底する。













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