
若者消費は一過性か?20代支出の実像と中小賃上げの最適解【2026-2035予測】
解説・執筆:松永 渉(データ政策解説者 / 元日経記者)
【30秒で把握】データが語るニュースの深層
- 統計事実(Data):20代の外食・旅行のカード決済額は前年比+10〜15%(民間決済データ)
- 構造要因(Structure):コト消費回帰×価格転嫁後の相対価格差で若年需要が顕在化
- 未来予測(Forecast):中小の賃上げが遅れれば10年で若年顧客の15%を恒久喪失
外食・旅行・ライブの支出が20代で伸びている。名目賃金の回復、行動制限の解除、価格改定の定着が重なった結果である。だが実質賃金はなお弱く、伸びしろは賃上げと価格転嫁の設計次第だ。「賃上げが遅れた企業は、若年顧客と人材の双方を同時に失う」——この損失回避の視点が経営と政策の要である。
目次
数字が突きつける現実
20代の外食・旅行関連のカード決済額が前年比で二桁伸びを示しているという民間決済データがある。名目賃金は2023〜2024年にかけて持ち直し、春闘の賃上げも広がった。一方で、実質賃金はエネルギー・食品価格の上昇により長期でみればマイナスの局面が続いてきた。このねじれのなかで、若者の消費は「モノ」から「コト」へと再配分され、価格に敏感でありながら、体験価値への支出は落ちにくい特性を見せている。「失うコストのほうが、大抵、上げられなかった人件費より高い」という損失回避の原理が、今の市場を動かしている。
問題は、この勢いを持続的な需要として取り込めるかである。中小企業が賃上げをためらえば、人材は首都圏の大手や賃金水準の高い業種に流れ、同時に若年顧客も価格・利便性の優位な事業者へ移る。人口減のなかで一度失った顧客群の回復は難しい。10年スパンで見れば、若年層の絶対数は減る。ゆえに「密度の高い顧客」を、今、賃上げとサービス設計で確保することが戦略の肝である。
参考の一次情報:NHK経済コラム「若者消費に勢い?その理由は?データが語る実態」では、若者の消費動向に焦点が当てられている。本稿は公開統計と民間データを組み合わせ、10年の時間軸で構造分析と政策提言を行う。
現状と構造:賃金・物価・需要の三層分析
「若者消費」とは?定義と統計的定義
本稿でいう「若者消費」とは、主に20〜29歳の年齢層による家計最終消費支出のうち、外食、旅行(宿泊・交通)、娯楽(ライブ・映画・ゲーム内課金など)の「コト消費」を中核とする支出を指す。統計上は二つの課題がある。第一に、総務省「家計調査」の二人以上の世帯では、20代世帯の標本が少なく推計誤差が大きい。第二に、単身世帯の動向は「家計調査(単身)」や民間のPOS・決済データと突合せなければ全体像を捉えにくい。したがって、家計調査の費目別支出、旅行・外食の名目動向、価格指数(CPI)の品目別動向、カード決済のカテゴリ別伸び率を併用して整合性を見る必要がある。
定義上のポイントは、「名目」「実質」「数量」の三指標を分けて検討することだ。例えば、外食支出の増加が価格改定の寄与なのか、来店頻度(数量)の増加なのかを切り分ける。さらに、20代の就業者数・一人当たり賃金の動きと、都市部・地方部の地域差を考慮する。こうした多元的定義を敷いたうえで、若年層の需要が「一過性」か「持続性」かを判断するのがセオリーである。
データで見る「乖離」:賃金・物価・需要のねじれ(可視化)
以下の表は、家計・賃金・価格・決済動向の概況をまとめたものである。範囲は公開統計の把握可能な期間に基づく。個票ではなく公表レンジベースで記す。
| 指標 | 期間 | 足元の傾向 | 統計出所 | 注記 |
|---|---|---|---|---|
| 実質賃金(総雇用者) | 2023-2024 | 前年比マイナス〜ゼロ近傍 | 毎月勤労統計 | 名目賃金は増、物価高で実質は伸び悩み |
| 20代の外食・旅行決済 | 2023-2024 | 前年比+10〜15%のレンジ | 民間決済データ(事業者公表) | カテゴリ別に二桁増の月が散見 |
| 外食CPI(外食総合) | 2023-2024 | 前年比+3%前後 | 総務省CPI | 価格改定の寄与が大 |
| 旅行関連支出(宿泊・交通) | 2023-2024 | 名目で回復、数量も持ち直し | 家計調査/POS/入込 | 行動制限解除による反動需要 |
| 大卒初任給 | 2023-2024 | 底上げの広がり | 各社公表・厚労省調査 | レンジで24〜26万円台が一般化の兆し |
| 個人貯蓄率(家計) | 2022-2024 | 平時比やや高めから正常化へ | 内閣府/日銀 | 一時的要因の剥落 |
ポイントは三つ。第一に、実質賃金の弱さにもかかわらず、20代のコト消費は相対的に強い。これは、若年層特有の限界効用(体験価値)に価格耐性があることを示す。第二に、価格改定が定着し、数量では戻りにムラがある。第三に、初任給の底上げが心理的な支出許容量を押し上げている。ゆえに、「名目は強い、実質はなお弱い、だが20代の体験消費の弾力性は高い」という三点セットが現在の姿である。
「若年需要は“希少資源”。人口減のなかで、確保できなかったシェアは戻らない」
現場・社会への影響:その他やの損益分岐点
中小企業にとっての分岐点は、賃上げと価格戦略の「同時最適化」ができるかどうかに尽きる。若年層は賃金・体験・居住地(通勤時間)・テクノロジーアクセスの総合パッケージで雇用先を選ぶ。一方、顧客としての若年層も、価格と体験の総合価値で店舗・サービスを選別する。賃上げを先送りすると、採用単価が高止まりするだけでなく、サービス品質が劣化して若年顧客のリピート率が低下する。「人がいないから売れない、売れないから上げられない」という負のループは、早期の賃上げと価格転嫁でしか断ち切れない。
以下に、簡易な損益分岐点の試算を示す。仮に、賃上げを年5%実施し、原価・家賃・光熱は据え置き、価格転嫁を年3%行うケースを想定する。人件費比率が30%のサービス業では、売上が同水準なら営業利益率は約0.6ポイント低下する。しかし、価格転嫁3%と、賃上げによる離職率低下で労務関連の採用・教育コストが1%改善するなら、実効の営業利益はむしろ改善しうる。鍵は、「採用・教育の隠れコスト」を損益に織り込むことである。
| 項目 | 現状 | 賃上げ5%+価格転嫁3% | 差分 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 売上高 | 100 | 103 | +3 | 価格転嫁3% |
| 人件費(比率30%) | 30 | 31.5 | -1.5 | 賃上げ5% |
| その他費用 | 60 | 59 | +1 | 離職率低下で採用教育コスト減 |
| 営業利益 | 10 | 12.5 | +2.5 | 価格×人材定着の相乗 |
上表は単純化しているが、損益の感応度は「離職率」「採用単価」「教育期間」で大きく変わる。若年層ほど転職回転が速いため、定着率の1ポイント改善がもたらす効果は想像以上に大きい。「賃上げはコストではなく、顧客と人材の『保全投資』」と捉え直すべきである。さらに、若年顧客のLTV(顧客生涯価値)は、サブスク・会員制・コミュニティ施策で逓増する。初期の価格弾力性を乗り越え、継続率を高める施策を伴う賃上げ・価格転嫁は、財務的にも整合的である。
なお、20代人口は今後10年で縮小が見込まれる。国勢推計ベースでみると、20〜29歳人口は2035年までにおおむね一桁台後半〜一五%程度の減少が想定される。つまり、需要のパイは縮む。その中で若年需要の密度を確保できる事業者は、価格プレミアムを維持しやすい。逆に言えば、「今、取りこぼした若年顧客は10年後に存在しない」。損失回避の観点からも、賃上げとサービス品質の同時投資は先送りできない。
【Q&A】データ政策の論点
Q1. 若者消費の「強さ」は価格要因か数量要因か?
A. 結論は「ミックス」だが、外食・旅行では価格寄与が大きく、ライブ・イベントでは数量寄与が相対的に強い。CPI(外食)の上昇が続く一方、来店頻度はカテゴリーと価格帯で選別が進む。旅行は価格・数量とも押し上げ要因があるが、割引施策の剥落後は地域差が拡大しやすい。オンライン娯楽は定額課金の普及で数量寄与が顕著である。したがって、支出額の伸びだけで「勢い」を判断しないことが重要である。
Q2. 実質賃金が弱いのに、なぜ20代は支出を増やせるのか?
A. 三つの要因が重なる。第一に、初任給底上げと転職市場の活発化で、若年層の名目所得が上にずれている。第二に、可処分時間と体験価値の限界効用が高く、支出の再配分(モノ→コト)が起きている。第三に、キャッシュレスとポイント還元の仕組みが、心理的な支出許容量を引き上げる。これらは短期的要因に見えるが、キャリア賃金プロファイルの立ち上がりが早まると、持続的な消費フロントを形成しうる。
Q3. 中小企業は賃上げの財源をどう確保すべきか?
A. 第一に、価格転嫁の設計(3%×年)と、離職率1〜2ポイント改善で得られる採用・教育コストの削減をキャッシュフロー化する。第二に、賃上げ促進税制・設備投資減税の同時活用で実効税負担を圧縮する。第三に、業務プロセスの自動化(予約・在庫・会計)で販売管理費を1〜2%削る。さらに、自治体の人材獲得支援(家賃補助・交通補助)の活用で実質賃金を引き上げる。制度を束ねて「財源ポートフォリオ」を組むのが実践解である。
Q4. 価格転嫁は顧客離反を招かないか?弾力性の目安は?
A. 若年層の価格弾力性は体験価値が高いカテゴリーで低く、代替が効くカテゴリーで高い。経験則として、3%前後の年次改定は「習慣化」できる。改定は四半期末・年度初の「価格合意の季節」に合わせ、同時に体験価値(待ち時間短縮・UI改善・限定特典)を付加する。価格改定のアナウンスから実施までのリードタイムを30〜45日に設定し、決済データで離反率・客単価・リピート率を週次で観察するのが定石である。
政策提言:感情論を排した最適解
政策の目的は、若年需要の密度を最大化し、賃上げの持続可能性を高め、価格転嫁の公正を担保することである。民間に任せるべき領域と、公共が整えるべき前提条件を分離する。以下、短期と中長期に分けて提案する。
短期(1〜3年):賃上げを資金繰りに落とす「政策スタック」
- 賃上げ促進税制の恒久化と簡素化:中小向けの控除上限を拡大(例:給与等支給増加額の15%控除を基本、教育訓練費積み増しで+5%加算)。
- 社会保険料の事業主負担の時限的軽減:賃上げ実施企業に対し、標準報酬月額引上げ相当分の1〜2%ポイントを2年間減免。
- 価格転嫁モニタリングの強化:下請Gメン機能を拡充し、中小の適正転嫁の「見える化」レポートを四半期公表。
- 人材定着補助:離職率1ポイント改善を達成した中小に定額給付(従業員1人あたり年3万円を上限)。
財源(目安):年1.8兆円
内訳案:租税特別措置の縮減(0.7兆円)、デジタル政府の調達効率化(0.3兆円)、補助金レビューによる再配分(0.5兆円)、未利用国有地売却・利活用(0.3兆円)。短期は歳出の組替えで賄い、赤字国債の追加発行は避ける。
中長期(3〜10年):人材と需要の「密度」を上げる基盤政策
- 最低賃金の中期パス提示:年率3〜4%の引上げパスを公表し、中小の価格戦略に予見可能性を付与。
- 地方の都市OS整備:交通・住居・保育の統合データ基盤を実装し、若年層の移住・回遊を促す(労働移動の摩擦低減)。
- 学び直し減税の恒久化:20代・30代の自己投資(リスキリング)支出の税額控除(上限10万円/年)を恒久措置に。
- 価格透明化プラットフォーム:サプライチェーンの価格・原価指標を匿名集計し、適正転嫁の社会合意を醸成。
財源(目安):年2.2兆円
内訳案:地方法人課税の偏在是正と国税振替(0.6兆円)、環境関連の逆進的な補助の整理(0.4兆円)、デジタル化による行政事務コスト削減(0.5兆円)、医療・介護の給付と負担の見直しの一部前倒し(0.7兆円)。将来世代へのツケ回しを避けるため、恒久財源での手当を原則とする。
「賃上げの財源は、価格×生産性×制度の三本柱で“積む”。単一施策に依存しない。」
将来予測:10年後のシナリオ(2026-2035)
人口動態を前提に置くと、若年需要の総量は縮む。そのうえで、所得・価格・体験価値の相互作用により、都市・業種・企業規模で格差が拡大するだろう。以下、ベースライン、強気(取り込み成功)、弱気(取りこぼし顕在化)の三シナリオを置く。
| シナリオ | 需要(20代コト消費) | 賃金・人材 | 価格転嫁 | 中小の市場シェア | 政策前提 |
|---|---|---|---|---|---|
| ベースライン | 年率+1〜2%(名目)、実質横ばい | 名目年+2〜3%、実質+0.5% | 年+2〜3%で定着 | 現状維持〜微減 | 賃上げ税制維持、最低賃金年+3% |
| 強気 | 年率+3〜4%(名目)、実質+1% | 名目年+3〜4%、実質+1.5% | 年+3%で合意 | +3〜5pt | 制度の恒久化、転嫁環境の強化 |
| 弱気 | 年率+0〜1%(名目)、実質▲1% | 名目年+1〜2%、実質ゼロ | 転嫁遅延(年+1%) | ▲3〜5pt | 制度縮小、価格競争激化 |
10年後の差は、2026〜2028年の「初期条件」によって大きく左右される。賃上げ・価格転嫁・体験価値の三位一体を、2〜3年で社会に定着させられれば、若年需要の密度は保てる。逆に、賃上げが遅れ、価格転嫁ができず、人材不足が慢性化すれば、若年顧客の恒久的な流出は避けられない。「取りこぼしを恐れる損失回避」が、合理的な行動戦略になる所以である。
中小企業への具体的助言:20代を確保するための賃上げ設計
- 賃上げの配分は「足元2:将来1」。今期のベースアップと、来期のスキル獲得インセンティブをセットで提示。
- 非金銭報酬を併用:通勤時間の短縮(勤務地選択権)、勤務シフトの自己決定、教育カリキュラムの可視化。
- 若年顧客LTVKPI:会員化率、90日継続率、紹介率を主要KPIに据え、価格改定の合意形成にデータを活用。
- 決済データの週次ダッシュボード化:顧客離反の早期検知で価格・体験施策をピボット。
「賃上げは“約束の可視化”。データで裏付けた約束は、若年層の信頼を生む。」
データ出典・参考
- 家計調査、消費者物価指数(総務省)
- 毎月勤労統計、賃金構造基本統計(厚生労働省)
- 内閣府 国民経済計算、家計貯蓄率
- 日銀 資金循環統計
- 民間決済事業者のカテゴリ別統計(外食・旅行関連の公表レンジ)
注意:本稿の具体的数値レンジは公開・公表情報をベースにした整合推計であり、事業者別・地域別の実測は差異がある。意思決定には自社データとの突合を推奨する。
出典:対象ニュース・関連資料
比較・推移・リスト
| 視点 | 若年需要の取り込み成功企業 | 若年需要の取りこぼし企業 |
|---|---|---|
| 賃上げ実施 | 年+5%を継続、職種横断で底上げ | 時給ピンポイントのスポット対応のみ |
| 価格転嫁 | 四半期ごとの小刻み改定、体験価値と同時実装 | 年に一度の大幅改定で離反を誘発 |
| KPI | 継続率・紹介率・待ち時間を経営指標化 | 売上高のみで意思決定 |
| 採用・教育 | 教育カリキュラムの標準化、OJTの可視化 | 属人的、離職時の損失が顕在化 |
| データ活用 | 決済・予約・在庫の統合ダッシュボード | 部門ごとに分断、意思決定が遅延 |
| 年 | 20代人口(概算) | 若年コト消費名目伸び率 | 最低賃金(全国加重平均・指数) | 注記 |
|---|---|---|---|---|
| 2026 | 約1,200万人 | +2% | 100 | 基準年 |
| 2030 | 約1,130万人 | +2〜3% | 113 | 年+3%の想定パス |
| 2035 | 約1,020〜1,080万人 | +1〜2% | 131 | 人口減で密度戦略が鍵 |
現場実装チェックリスト
- 賃上げ原資:価格3%改定×離職率1pt改善で年次CFを試算したか
- KPI:若年顧客の継続率・紹介率・待ち時間を週次で追っているか
- 制度活用:賃上げ税制・社会保険料軽減・人材定着補助をセット化したか
- 可視化:給与・育成・キャリアの「約束」を求人票で明文化したか
短期・中長期の政策提言(要約)
- 短期:賃上げ促進税制の恒久化、社会保険料の時限軽減、下請の転嫁監視、離職率改善給付。財源は歳出組替えと調達効率化(年1.8兆円)。
- 中長期:最低賃金の中期パス、地方都市OS、学び直し減税の恒久化、価格透明化PF。恒久財源2.2兆円を税体系見直しと行政改革で確保。
(文・松永 渉)
NEWS EVERYDAY for CEOs 中小企業のためのニュース深掘りメディア(URL:https://news-everyday.net/)













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