
退職代行が映す労働の闇、法の穴の値段|弁護士法違反疑いで逮捕から読む“透明性”のコスト
解説・執筆:宇野 健介(政治風刺解説者 / 元週刊誌記者)
- 表の事実:退職代行「モームリ」運営の社長ら逮捕。弁護士法違反の疑い。
- 裏の力学:低コスト仲介ビジネスと法規制のズレが露呈。
- 宇野の視点:労働の絶望を商機に、法の穴で躓く喜劇。
「辞める自由」を売る時代に、「売り方の自由」は許されない。退職代行「モームリ」運営会社の社長らが弁護士法違反の疑いで逮捕された。利用者にとっては救世主、ビジネスとしては成長株。ここまで持ち上げたうえで言おう。法律は“気持ち”で曲がらない。そして、見て見ぬふりを決め込む中小企業は、次のニュースの主役になる危険がある。今回は「笑って考えさせる」どころか、「笑っている場合じゃない」話だ。
目次
政治の笑劇場としてのニュース概観
まずは褒めよう。退職代行は「辞めたいのに辞められない」労働市場の無言の悲鳴をすくい上げ、電話一本で“解放”を提供した。人件費なき人事部、残業代のいらない交渉窓口。経済合理性で言えば満点だ。次に調子に乗せよう。「顧客の痛み」を収益に変える点では、プラットフォーム資本主義の優等生。スピード、スケール、ストーリー、全部乗せ。ところが最後に突き落とす。法の線引きはビジネスモデルの一部ではなく、基礎地盤だ。地盤無視でタワマンを建てれば、崩れるのはビルではなく信用である。
「辞める自由」と「代理交渉の自由」は別物だ。
NHKは「退職代行『モームリ』運営会社の社長ら逮捕 弁護士法違反疑い」と報じた(出典:NHK)。報道各社の一次情報に基づけば、容疑の中身は「弁護士でない者が報酬を得る目的で法律事件に関する業務を行った疑い」、いわゆる非弁行為に当たる可能性があるというもの。ここで「どこからが法律事件なのか?」という素朴な疑問が湧く。答えは単純にして残酷だ。「伝える」はセーフ、「交渉する」はアウトに近い。そして、その一線は事後的に捜査と裁判で判断される。ビジネスに最も似合わない、重いグレーゾーンだ。
事実と背景
「退職代行」とは?定義と境界線
退職代行は、依頼者に代わって「退職の意思」を勤務先に伝達するサービスの総称だ。背景には、長時間労働と人手不足、固定化した上下関係、そして「退職を言い出せない」文化の存在がある。法的には、単なる意思伝達(伝言)は許容されるという解釈が一般的だ。一方で、未払賃金や有給消化の取り扱い、退職日の調整などで雇用主と交渉する行為は、弁護士法72条が禁じる可能性がある(出典:弁護士法第72条、e-Gov法令検索)。この条文は、弁護士でない者が報酬目的で法律事件に関する業務を行うことを禁じている。つまり退職代行ビジネスは、サービスの価値が高まるほど“交渉”に踏み込みやすくなる構造的ジレンマを抱える。
法律の線引きは教科書的だが、現場は泥臭い。企業側が電話に出ない、上司が恫喝まがいの対応をする、書面を送っても握りつぶされる。こうした状況で「ただ伝えるだけ」では依頼者の実害が残る。だから事業者は善意で「もう一言」言いたくなる。ここに市場の需要と法規制のズレが生まれる。
需要が越境を誘い、越境が摘発を呼ぶ。
メディアが報じない舞台裏(比較表)
「誰が得をして、誰がリスクを負うのか」。報道の背後にある損得勘定を、政治と同じ目で整理する。
| ステークホルダー | 短期の得 | 長期のリスク | 望ましい透明性 |
|---|---|---|---|
| 利用者(労働者) | 即時の連絡代行、心理的負担の軽減 | 手続き不備、交渉未了で不利益残存 | 料金内訳・対応範囲・法的限界の明示 |
| 退職代行事業者 | スピード獲得・市場拡大 | 非弁リスク、信用失墜 | 弁護士連携、台本・記録の開示 |
| 中小企業(雇用主) | 一時的な火消し、現場対応の簡略 | 炎上・法的紛争・採用ブランド崩壊 | 就業規則・退職手順・相談窓口の可視化 |
| 弁護士・士業 | 適正な案件化、コンプラの啓発 | 過度の警戒感で現場が萎縮 | 線引きガイドラインの普及 |
| 規制当局・警察 | 法秩序の維持、抑止効果 | 恣意的運用への疑念 | 摘発基準と事例の透明化 |
退職代行の市場は、労働市場の「出口」に出現した短距離走型ビジネスだ。出口に行列ができる社会では、入口(採用)と通路(労務管理)の歪みが放置されやすい。だからこそ、中小企業の透明性が試される。退職時の段取り、未払や有給のルール、窓口の所在──これらが見えれば、代行はそもそも要らなくなる。言い換えれば、代行の繁栄は職場の失敗の鏡像に近い。
現場・世論の視点:中小企業とSNSの反応
SNSの声は分かれた。「助けられた人もいる」「非弁はダメ」「会社が辞めさせないから代行が生まれる」。どれも一理ある。だが、炎上の主役になりやすいのは中小企業だ。退職の受付を曖昧にし、口頭のみで処理し、書面やメールのフローを整えない。これは「明日ニュースになる方法」の教科書だ。万が一、代行の電話に「出ない」「怒鳴る」「録音を恐れる」──この三点セットは最悪手である。
厚生労働省はハラスメント対策指針や就業規則の整備を繰り返し促してきた(出典例:厚生労働省「パワーハラスメント対策」関連資料)。労働政策研究・研修機構(JILPT)も、転職行動や離職意向の実態を報告している(出典:JILPT各種調査)。細かな数字はさておき、傾向は明らかだ。労働者は静かに、しかし確実に“退出のコスト”を下げたい。この欲望に、企業の透明性が負けたとき、代行は選ばれる。
さらに恐いのは二次被害だ。退職の場面で不適切な言動が録音・可視化され、一晩で採用ページが“墓場”になる。口コミサイト、匿名掲示板、Xのスレッド。あなたの説明責任は、すでに“公開”されている。危機管理の初動は、ルールの事前公開と窓口の即応である。逆に言えば、透明性の欠如は最高の燃料だ。
「見せられる運用」こそ最大のガバナンス。
制度が曖昧で、窓口が遅く、現場が疲弊しているとき、外部の代理が主役になる。そして主役が法のラインを踏み越えれば、舞台は一転して検挙劇場だ。
【Q&A】深層解説
Q. 退職代行は違法なの?全部ダメ?
A. 全部ダメではない。意思伝達は概ね許容、交渉は非弁リスクという整理が実務的だ。弁護士法72条は「報酬目的で法律事件に関する業務」を禁止する。未払賃金・有給・退職日の調整など、権利義務に関わる交渉は赤信号に近いという見方ができる。依頼者は「どこまでやるのか」を事前に確認し、可能なら弁護士連携型のサービスを選ぶのが安全側だ。
Q. 中小企業はどう守る?最悪のシナリオは?
A. 最悪は、炎上→労働審判→採用崩壊の三段落ちだ。退職連絡に出ない・恫喝・録音拒否は即炎上。次に未払・有給拒否・書面不備で法的紛争に発展。最後は口コミ地獄で人が来なくなる。対策はシンプルだ。就業規則の公開、退職手順の標準化、メールフォーム化、第三者窓口(社外労務)。さらに、「退職手続のSLA(応答時間)」を社内で定め、総務のKPIにする。透明性はコストではなく保険である。
Q. 代行業者が法に触れたら、企業はどう対応?
A. 「あなたは違法です」と電話口で断じるのは得策ではない。まずは事実の分離が肝心だ。1) 退職意思の受領 2) 会社としての手続案内 3) 権利義務の確認(書面・メール基準)を淡々と進める。交渉は受けず、本人への書面連絡に切り替える。必要に応じて弁護士に相談するが、窓口の遅延は最悪の火種だ。スピードと記録、それが盾になる。
Q. 労働者側の安全策は?
A. 依頼前に「サービス範囲」「弁護士監修の有無」「返金条件」「記録の開示」を確認。退職意思は自分名義のメールでも送る。会社の私物化を避け、貸与物の返却と機密順守を自分の言葉で残す。もしトラブルが予見されるなら、労働局の相談窓口や弁護士相談を併用する。退職は交渉ではなく手続。その原則を崩さない。
本質の分析:権力構造の闇と光
このニュースのコアは「弱者ビジネス」でも「弁護士利権」でもない。組織の非対称性を埋める民間サービスが、公共のルールと衝突したという現代的事件だ。雇用主は資源と情報において優位、個人は心理と時間で劣位。そこに“代理”が入り、対等性の演出をする。しかし、対等にするための越境(交渉)は、法の外に追いやられる。ここに政策の遅れがある。
解は二つ。第一に、企業側の透明性を上げて、代行の必要性を下げる。離職のフローをWebで公開し、FAQで全て答え、SLAを約束する。第二に、グレーの可視化だ。行政は「伝達と交渉の基準事例」を広く示し、相談と認証の仕組みを設ける。これは業者を守るためではない。無用な越境を未然に防ぎ、依頼者の被害を回避するためだ。
透明性は、弱者の味方であり、企業の防御だ。
政治的にはどう見えるか。供給サイドの革新(民間サービス)と、統治サイドの保守(法秩序)が衝突する局面では、メディアは「違法vs救済」の二項対立を好む。しかし本当に問うべきは、退職の摩擦コストを誰が負担するのかだ。いま、そのコストは「依頼者の不安」と「中小企業の炎上」で支払われている。ならば政策は、可視化による摩擦の削減に舵を切るべきだ。
| 論点 | 現在の実務 | 推奨される透明化策 |
|---|---|---|
| 退職意思の提出 | 口頭・LINE・電話で不統一 | 書面または本人メールの標準化、受付自動返信 |
| 退職日の決定 | 上長裁量で曖昧 | 就業規則に目安日数を明記、例外時の書式化 |
| 有給・未払の処理 | 部署判断で遅延 | 経理・人事の締切公表、進捗の可視化 |
| 窓口対応 | 人によってバラバラ | 録音・記録前提の対話プロトコル |
| 外部代理の着信 | 拒否・罵倒・放置も | 受領→本人連絡→書面案内の三点セット |
最後に、恐怖訴求を一言でまとめる。「透明性のコスト」を惜しむと、「炎上の値札」で倍返しされる。法の穴はビジネスのチャンスに見える。だが、穴を覗く者は、穴からも覗かれている。監視するのは警察だけではない。ユーザー、求職者、そして世論だ。
総括
退職代行は「出口の民営化」だ。出口が混むのは、入口と通路が悪いから。非弁の疑いで摘発された今回の件は、法律に“合わせない”ビジネスは長く持たないという当たり前を再確認させた。いま必要なのはバッシングではない。運用の可視化、線引きの明示、初動の速さ。それでも最後に皮肉を添えるなら、こう締めたい。「モームリ」の先にある「もっと無理」を、透明性で「やればできる」に変えよう。
参考・出典
- 弁護士法第72条(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省「パワーハラスメント対策」関連資料
- 労働政策研究・研修機構(JILPT)各種調査
- 対象ニュース・関連資料:NHKニュース
(文・宇野 健介)
NEWS EVERYDAY for CEOs 中小企業のためのニュース深掘りメディア(URL:https://news-everyday.net/)













この記事へのコメントはありません。