自覚なきパワハラは、なぜ起きるのか――損失回避の心理から考える、職場を守る視点

解説・執筆:笠原 藍(癒し系心理ケア解説者 / 元保育士)

  • 事実:横浜市長の言動にパワハラ疑い。市は外部弁護士で調査。
  • 背景:公的組織の信頼が揺らぎ、職場の沈黙が広がりやすい。
  • 笠原の視点:「自覚なき加害」をほどく合図は小さな気づき。

言葉の重さに、気づくところから

大きな組織のトップにまで届いた、パワハラが疑われるニュース。風のない曇天のように、言葉の重さだけが残り、働く人の胸の奥に冷たい影を落とします。職場は、毎日の暮らしの支えであり、家族の笑顔にもつながる場所。それだけに、そこでの痛みは、夜更けの雨のように静かに染み込み、言葉にならない疲れを積もらせてしまうのです。

横浜市は、外部の弁護士による調査を進めるとのこと。事実はこれから丁寧に確かめられる段階にあります。ここで焦点にしたいのは、「自覚のないパワハラ」という見えにくい現象。意図がなかった、冗談のつもりだった、忙しさの流れで強い口調になった——そんな日常の“クセ”が、知らないうちに誰かの背を押しつぶしていることがあるのです。

あなたも同じかもしれない。言われた言葉が胸のなかで何度も反芻され、なぜか眠りが浅くなる。会議前に肩が固まり、朝の光が遠のく。反対に、誰かにかけた言葉が、後になって気になってくる。「傷つけたつもりはないけれど、大丈夫だっただろうか」。その揺らぎは、人を思う心の証。責めるために思い出すのではなく、守るために思い返す、そんな姿勢を持つ人が増えると、職場の空気はゆっくりと晴れていきます。

今回のテーマは「損失回避」。人は「得る喜び」より「失う痛み」に敏感です。だからこそ、パワハラの話題は、脅しでも脅威でもなく、「失いたくないものを守る」視点から考えてみたい。信頼、居場所、チームのリズム、未来の選択肢。これらを守るための小さな合図と、今日からできる一歩を、やわらかな言葉で手渡します。風が通るように、呼吸が深まるように。

それでいい。重たい話題に触れるときほど、足取りはゆっくりで。いま必要なのは、誰かの過ちを断じることより、誰もが「気づける」道筋をつくること。朝の光が壁を少しずつ明るくしていくように、職場にも「少し救われる」時間が増えていきますように。この文章が、あなたの心に薄い毛布のようにかかり、すこし温度を取り戻す助けになれば、うれしいです。


「私の職場でも起きているかもしれない」——その不安に、そっと灯りを

ニュースは遠い出来事のようでいて、心は自分の足元に重ねます。「もし、うちでも起きているなら」。そう思うと胸がきゅっと縮むのは、あなたが大切なものを守りたいから。守りたいものがある人は強い。強いからこそ、言葉はやさしく、行動は小さく、確かに。雨の日に子どもと手をつないでゆっくり歩くように、確かめながら進みましょう。

「叱責の声が、指導のつもりだったとしても、受け取る心には風の冷たさが残ることがある」

横浜市の件は、外部弁護士による調査が始まります。何が事実で、どの言動が問題だったのかは、これから明らかにされるでしょう。いま私たちにできるのは、自分の職場と心のなかで起きていることに目を向けること。「忙しさの雨音」にかき消されがちな小さな違和感——あのとき感じた胸のつかえ、あの場の空気の沈み。見つけたら、メモを一つ。呼吸を一つ。話し相手を一人。

現状と背景:自覚なきパワハラと「失いたくないもの」を守る心理

自覚のないパワハラは、強い風ではなく、無自覚な向かい風の連続です。本人に悪意がないことが、問題を見えにくくします。受け手は「自分が弱いのかもしれない」と抱え込み、組織は「忙しいから仕方ない」と見過ごし、やがて信頼や人材といった大切な資産が、雨だれのように失われていきます。損失回避の視点に立てば、「いま守れるもの」を優先する判断がしやすくなります。

たとえば離職の連鎖、挑戦の減少、会議の沈黙。これらは目に見えにくい損失です。数字で表れたときには、すでに組織の文化が色あせています。だから、手当ては「はやく・小さく・日常的に」。朝の換気のように、短いチェックインや、言葉の振り返り、匿名の相談ルートの整備など、日々の微風を整えることが肝心です。

パワハラとは?——やさしい定義と生活感覚への置き換え

厚生労働省は、職場のパワーハラスメントを「優越的な関係に基づいて、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、就業環境を害すること」と示しています(根拠:労働施策総合推進法、指針)。生活感覚に置き換えるなら、「言われた側が、仕事や心の安全のために『身構える状態』が続くこと」と捉えてみるのがわかりやすいかもしれません。意図の有無より、影響の有無。形より、継続性と場の空気。そこに目を向けると、見えなかった輪郭が浮かびます。

課題の整理:言葉・意図・影響のずれ(比較表)

場面発した側の認識受け手の影響組織への損失置き換え提案(具体例)
締切直前の叱責急かしただけ萎縮・判断ミス増品質低下・ミス隠し「いまの優先を3つに絞ろう」
会議での一刀両断スピード重視発言減・挑戦減イノベーション低下「懸念はこの点。次の一歩は?」
私的な容姿いじり場を和ませた不安・疎外感信頼毀損・離職意向雑談は中立な話題に
休日連絡の常態化熱意の共有疲労・境界の喪失燃え尽き・人的コスト増緊急時の基準を明示
意図と影響のずれを可視化すると、修正ポイントが見えやすくなる

「それでいい」。気づいたら、そこで小さく直せば大丈夫。完璧さを求めるほど、言葉は固くなり、風通しは弱まります。修正は“微調整”から始めるのが続けやすいのです。

データの視点:パワハラ防止措置は、2020年(大企業)、2022年(中小)から義務化されています(労働施策総合推進法)。相談体制の整備、事後対応、再発防止、方針の明示が柱。やわらかく言えば、「守る約束をつくり、続ける」こと。法の言葉は硬いから、日常に訳してみると、行動が一歩近くなります。

「守る約束は、朝の換気に似ている。毎日少しで、空気は変わる」


現場・当事者の視点:沈黙の奥にあるものを想像する

現場では、言葉より先に「空気」が伝わります。教育や福祉の職場では、子どもや利用者の前での言動が、さらに敏感な影を落とします。叱責の余波が保育室の温度を下げ、ため息が相談室の扉を固くする。そこで働く人は、「目の前の人のために頑張りたい」という思いを強く持っています。だからこそ、無自覚な一言に心がしぼむと、自己責任に回収しやすくなり、助けを求めそびれてしまうのです。

  • 「忙しいから仕方ない」と流すクセ
  • 「自分が弱いから痛む」と抱え込むクセ
  • 「あの人はいつもそう」と諦めるクセ

これらは身を守るための自然な反応。それでいい。ただ、心を少し軽くするために、次の合図をポケットに入れておきましょう。

合図の例:週1回、3分だけ「よかったこと」を共有する。叱責の場面では「いま言いたいことを三つに絞る」。会議では「反対意見を先に募る」。これらは、大声の指導より、静かに効いてきます。雨上がりの道が、少し歩きやすくなるように。


【Q&A】よくある疑問

Q. どこからがパワハラ?線引きが難しいときは

A. 「相手に『身構え』が続いたか」で捉えると判断しやすくなります。単発より、反復・継続。強い言い方より、公開の場か非公開か。さらに、業務上必要かつ相当か——この三つを見て、迷うなら一度立ち止まる。それでいい。迷いは「守りたい」サインです。

Q. 自覚がない人に、どう伝えれば角が立たない?

A. 事実→影響→希望の順に、短く具体的に。「前回の会議で『○○』と聞こえました(事実)。その後、発言が減って提案が出にくくなっています(影響)。次は『懸念はこの点』と示してから意見を募れたら助かります(希望)」。雨音の描写のように、聞こえたままを静かに置くのがコツです。

Q. 相談すると「大ごとにしたいわけじゃない」と言われそう

A. 相談は「未来を守る小さな点検」です。匿名の窓口や外部の相談先があれば、そちらを使う選択も。日付・場面・言葉・影響をメモしておくと、事実の記録として役立ちます。穏やかな語り口で十分届きます。風を強くしなくても、空は変わります。

Q. 管理職として、指導が甘くならないか不安

A. 厳しさと冷たさは違います。期待と尊重をセットにすると、基準は上がり、関係は傷つきません。「基準を示す→理由を添える→支援を決める→期限を確認する」。この順で進めると、叱責に頼らない指導ができます。朝の計画表のように、透明で見通しが効くやり取りを。

ステップ言い方(例)
基準を示す「今回の到達点はここです」
理由を添える「○○の安全・品質のためです」
支援を決める「私が担うのはこの部分です」
期限を確認「次は△日の□時に見せてください」
叱責に頼らない“透明な指導”の型

実践:今日からできる心のケアと、損失を避ける小さな仕組み

  • 1分の「温度確認」:会議前に、全員が一言で心身の温度を共有。「やや曇り」「晴れ間あり」など、天気の比喩でOK。
  • メモの四点セット:日付、場面、具体的な言葉、心身への影響。雨量計のように、淡々と。
  • 言い換えカード:「何でできない?」→「何が壁?」/「早くして」→「最短で何を削れる?」
  • 週1の微風:3分だけ「ありがとう」を交換。具体性が鍵。「○○の資料、助かった」など。

キラーフレーズ
「守りたいのは、成果だけでなく、明日の笑顔」

チェックリスト:自覚なきパワハラ予防(個人・チーム)

  1. 相手の前で、第三者の前で、言い方は変わっていないか。
  2. 指摘の後に、次の具体的な一歩を示しているか。
  3. 私的な属性(家族、容姿、出身)に触れていないか。
  4. 緊急連絡の基準を明示し、休日連絡を減らせているか。
  5. 相談ルート(上司、同僚、外部)を3つ以上持てているか。

推移表:職場の「空気」を整える4週間プラン

焦点実施内容期待効果
1週目見える化温度確認・メモ四点セット導入安心の土台づくり
2週目言い換え言い換えカード配布・練習摩擦の低減
3週目支援役割の再確認・支援の可視化過負荷の軽減
4週目見直し気づき共有・小さな改善の宣言継続の仕組み化
風向きを変えるのは突風ではなく、連日つづく微風

制度づくりのヒント:方針の明文化、相談窓口、迅速な事後対応、再発防止——この4点は法の指針でも基本です(労働施策総合推進法・指針)。記述は短く、掲示は見える場所に。新人オリエンテーションや管理職研修に、年1回の5分スライドを差し込むだけでも、効果が続きます。

「大切なものを失わないために、いま小さく動く」

損失回避の知恵

まとめ:雨ののち、やわらかな青へ

横浜市の件は、外部弁護士による調査の結果を待つ段階です。ここから事実が丁寧に整えられるでしょう。その過程を見守りながら、私たちは自分の手のひらで変えられる範囲にそっと光を当てていく。言葉の温度を1度下げる、休息の時間を10分増やす、感謝の言葉を一言足す。どれも小さいのに、積み重ねれば、空の色は確かに変わります。

小さな提案
・今日:誰か一人に「ありがとう」を具体的に伝える。
・今週:会議の冒頭に「温度確認」を導入。
・今月:相談ルートを3本に増やす(上司・同僚・外部)。

それでいい。あわてず、騒がず。朝の光が部屋の隅々に届くように、あなたの職場にも、ゆっくりと明るさが満ちますように。

「傷心は、雪解けのように少しずつやわらいでいく」


参考・出典

(文・笠原 藍)

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