1億枚の安心、8割の同調?「みんなが持つ」マイナンバーが映す権力と世論の設計図

交付10年で「1億枚突破・保有率8割」。数字は拍手を呼ぶが、拍手のリズムは権力が刻むのか、私たちが刻むのか。社会的証明で進む行政の現在地を、笑いと検証でひっくり返す。

  • 導入:政治の笑劇場としてのニュース概観
  • 事実関係の検証
  • 誰が得をしたか/誰が損をしたか
  • メディアの報じ方と裏読み
  • 世論の動向とSNSの鏡像
  • 権力構造の奥底にある構図
  • 政策決定の舞台裏
  • 思想と現実の乖離
  • 改革提言:権力と報道の関係再設計
  • 総括と皮肉の一行
  • 付録:参考・出典

導入:政治の笑劇場としてのニュース概観

1億枚—なんと響きのよい桁だろう。宝くじよりも当たりやすい安心感、というコピーがあっても不思議ではない。「交付開始から10年、保有率8割」という小気味よいリズムが新聞の見出しで踊ると、私たちの脳はつい拍子をとる。「みんな持ってるなら、まあ持つか」。それは行列が行列を呼ぶラーメン屋の心理と似ているとも言われ、味より列が美味しく見える。政治もまた列をつくる術に長ける。制度の善し悪しを語る前に、まずは「枚数」を掲げる。数は中立の仮面をかぶるが、運用の思想を隠すにも便利だ。数字は嘘をつかない、と信じたい人の耳には特に甘い。しかし、甘さは砂糖か、代替甘味料か。舌が慣れる前に、原材料表示を読みたいのだ。

数字の魔法を最大化するブースターは、社会的証明である。「8割の人が選びました」。洗剤でも保険でも効く万能の呪文は、行政でも効く。なぜなら行政は「みんなのもの」だからだ。「みんなのもの」が「みんなが持つ」とき、異論は言い出しにくくなる。ここで権力は優雅に微笑む。「国民の理解は着実に進んでいる」。たしかに行列は伸びた。そこで私も一礼しよう。列を作るのは簡単ではない。自治体窓口の人員、システムの稼働、告知の工夫、現場の汗は相当だったとも言われる。努力に敬意を払うのは当然だ。問題は、列の先にあるカウンターで何が提供されるのか、である。列に並ぶこと自体が目的化すると、提供物の吟味は後回しになる—これが権力が最も好む配膳順だ。

では、調子に乗ろう。1億枚達成の花道を盛大に飾ろうではないか。「デジタル先進国へ大きく前進」「利便性と安全性が両立」「行政効率が飛躍的に向上」—耳障りのよい賛歌は、広告コピーとしては満点だ。自治体の業務は軽くなり、住民の手続きは一気にワンストップ、窓口での待ち時間は半分以下、書類の山は湿地帯から高原へ。社会保障と税の連携は滑らかに、災害時の支援は迅速に届く。これらは理念としては反論の余地がないし、方向性として歓迎されるべきだとも受け止められる。だからこそ権力は「理念」にスポットライトを当て、舞台袖の機械室はうっすら暗い。観客が見たいのはショーであって、配線ではないからだ。だが、光が強いほど影も濃くなる。さて、照明を少し落として、足元を見よう。

突き落とそう。列の先で配られているのは、便利だけのカードではない。社会の設計思想がラミネート加工された一枚だ。便利さは本物でも、便利さの使途は政治だ。「みんなが持っているから安心」という空気は、同調を促す。そこに異議申立てのコストが上乗せされると、制度の微調整は遅くなる。保有率8割の数字は、残る2割の声を薄くする。自治体の窓口で「まだお持ちでないですか?」と問われる瞬間の視線は、親切に擬態した規範圧力に近い構造だ。制度の欠陥ではない。むしろ設計の結果だ。「多数派であること」を正当性の根拠として使う技術は、民主主義の表の顔であり、裏の顔でもある。問題は、そこへ至るプロセスの透明度であり、代替選択の実質性であり、「保有しないという選択」がどれだけ社会的に守られているかである。

核心を置こう。今回のニュースが示す本質は、「社会的証明が政策を押し出す推進剤になっている」という事実に近い。朝日新聞は「マイナンバーカード、1億枚突破」と伝え、保有率は8割に達したという(出典は末尾)。この到達点は、制度の是非というよりガバナンスの勘所を問う。「数」をどのように公表し、何を以て成功と見なすのか。自治体の現場からは「住民対応の効率化も感じるが、説明負荷が高い」という声もあると伝え聞く。民間の受託企業は「発行枚数がKPI」とも語る。すると管理指標は、国民の体験価値より「枚数」に寄りやすい。良し悪しではない。政策は常に測定可能な目標を愛する。だからこそ測定項目の設計は政治であり、そこで誤差が社会に跳ね返る。

俯瞰に戻ろう。技術は中立に見えるが、実装は中立ではない。社会的証明は安心の根拠にもなるし、沈黙の圧力にもなる。行政は「みんなのためにやっている」と述べ、メディアは「みんながもう持っている」と書く。二つの「みんな」が握手するとき、個の事情は背伸びする。そこで私たちは二つの質問を携えるべきだ。「数が示す達成は、質の達成に転化しているか?」そして「少数派でいる自由は、制度の中で尊重されているか?」この二問は風刺でも皮肉でもない、行政の成熟度を測る地味な定規だ。笑って読んで、考えて窓口へ。列に並ぶ前に、列の意味を一緒に点検しよう。

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