物価高でも売上が落ちにくい理由──推し活3.5兆円に学ぶ「中小小売の売り場設計」とKPI

文・構成:長井 理沙(ストーリーテラー心理文化解説者)

  • Context(背景):実質賃金の目減りと長期インフレの不安が広がる
  • Emotion(心理):節約の毎日でも「諦めたくない喜び」が胸に残る
  • Light(視点):推しへの出費は体験と共同体の糸口となる

雨上がり、商店街のアスファルトに残る水たまりが、蛍光灯を砕いて光の粒にしていた。かさり、と袋の音。値札の赤いラインは、ため息の色に似ている。ポケットの小銭はひんやりして、その冷たさの分だけ、何かをあきらめた夕方の体温が下がる。

それでも、レジの先で、両手で抱えられた小さな箱を見つめる少女の頬は、春のストーブのようにあたたかい。箱に描かれたキャラクターの目が、彼女を見返している。「今日だけは、いいよ」と呟いた母の声。節約の線引きが、愛情の方向へ少しだけずれていく瞬間がある。

遠くから、汽車のような音で雨どいが鳴る。インフレのニュースがまたひとつ増え、円の重さが日に日に軽くなる。けれども、心のどこかで別の重力が働く。「これがあるなら、明日も働ける」。誰にも説明できない、けれど確かに背中を押す重力。

推し活。誰かや何かを「推す」ことで、ようやく自分の呼吸が整う日がある。アイドルも、俳優も、アニメも、地域のクラフトビールも。「箱推し」の箱が、つぎはぎだらけの毎日に、色の布を縫い付けてくれる。

物価高の波に飲み込まれない支出があると聞いたとき、私は個人的な痛みを思い出す。諦め上手になるほど、大切なものが指の間からこぼれ落ちる。だから、人は「諦めない」場所を買うのだ。チケット、グッズ、聖地巡礼、その全てに貼られているのは、「自分をやめないための値札」。

この小さな物語を、店の棚とレシートの数字につなぐ仕事が、今の私の役目だ。推し活市場3.5兆円。数字の向こうには、雨音と体温が宿っている。今日は、その情景をほどきながら、小さな小売が生き延びる具体の設計図を、静かに手渡したい。

目次

  1. 導入部|心の奥で鳴った音(ニュースとの出会い)
  2. 背景と心理|物価高と「諦めきれない」衝動
    1. 「推し活」とは? 言葉の重みと定義
    2. データに見る「心の揺らぎ」(表)
  3. 現場・家族の視点|小売業と食卓から見えること
  4. 【Q&A】心との対話
  5. 考察と受容|痛みを受け入れるということ
  6. 結び|雨上がりの光のように

導入部|心の奥で鳴った音(ニュースとの出会い)

「物価高でも、推しにはお金を使う人が減らない」。そんなニュースを追ううち、私は駅前の小さな店で見た親子の姿を思い出した。母の財布と、娘のまなざし。その距離は短くて、けれど越えがたい。レジ横に置かれたアクリルスタンドの透明が、ふたりの間に橋を架ける。

企業経営者も、中央銀行も、今や「推し活」という言葉を使う時代になったという。支出の枠組みが変わり、生活費とは別に「エンタメ消費」というポケットが生まれた。可処分所得の線引きを飛び越える、体験のための予算。私たちはいつから、収支の表に「熱」を書き足すようになったのだろう。

ある調査は、推し活支出がインフレや円安の影響をほとんど受けていないと伝える。需要は強く、地域経済にも追い風になる。チケットの半券は、地元の喫茶店のレシートを増やす。聖地巡礼は、土産物屋に「今日だけの行列」を生む。地方の空気が、推しの色に染まる。

推し活の語源はオタク文化のなかで育ち、今は世代も属性も越えた。Z世代は高額耐久財を避け、体験に価値を置く。中高年は可処分所得を武器に、静かに推しを支える。箱推しも尊い。個人のエピソードは、社会の構造へ続く道しるべになる。

私にも推しがいる。はじめは照れくさかった。けれど、「応援」の名のもとで、自分の弱さや憧れや、未完の夢さえも引き受けられるようになった。推しのために買ったグッズは、結局、自分の居場所をつくる道具だったと後から気づく。

では、小売はこの現象から何を学べるのか。棚割り、価格、品揃え、そしてコミュニティ。今日は、感情という柔らかな糸から、実務という硬い結び目までを、ゆっくりと辿っていきたい。


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