熊本・山江のヤマメと水が紡ぐ食の地域ブランディング——地域の食をブランド化する3つの手順

寄稿・執筆:吉川 綾音(文芸解説者 / 編集者)

  • 【30秒で触れる】ニュースの輪郭と核心
  • 事象(Fact):熊本・山江村でヤマメ稚魚約12万匹が孵化。
  • 背景(Context):清流・万江川の水系を基盤に養殖が定着。
  • 視座(Perspective):「渓流の女王」を物語化し地域の価値へ。

雨の音が、古いピアノのように響いていた。透明な卵に小さな心音が灯り、山江の朝は薄い銀青で目を覚ます。水は、ただの物質ではない。時間を運ぶ舟であり、言葉の前にある詩だ。いま、万江川の水が編む物語に、13万の鱗光がふりそそぐ。渓流の女王ヤマメ—その名を、地域の価値へと変える季節が始まっている。

目次

静寂の中に落ちた一石

十一月、山江村の養魚池に、淡く橙の卵が並ぶ。十二月、そのほの暗い沈黙がほどけ、光とともに稚魚が目を開く。数にしておよそ十二万。水面から射す冬のひかりは、ひとつの経済である前に、呼吸のリズムだ。春を待ち、夏を越え、九月に成魚となって旅館の皿に乗るまで、万江川の水は無言で手紙を書き続ける。

生産組合の横谷俊治組合長は、静かにこう告げる。「この水で育ったヤマメの鮮度を、人吉球磨で味わってほしい」。市場に出る前の言葉は、ブランドの胎動でもある。わたしたちはしばしば、“速さ”の価値に目を奪われてきた。しかし、地域の食を未来につなぐのは、流速ではなく、水脈だ。ヤマメの鱗に映るのは、貨幣の耀きだけではない。気候、労働、記憶、そして名付けられた美の総体である。

「ブランドとは、速く売れる名ではなく、遅く沁みる物語である。」

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