
円高進行で株価1000円安、市場を覆う“損失恐怖”が連鎖した一日
解説・執筆:宇野 健介(政治風刺解説者 / 元週刊誌記者)
- 【30秒でわかる】ニュースの表と裏
- 表の事実:円高ドル安が急速進行、株価は1000円超下落。
- 裏の力学:政策期待と失望、当局の沈黙、投資家の恐怖が同時進行。
- 宇野の視点:「何もしない」が最強カードになるのが日本流。
円高で株価が千円以上下がると、テレビは「経済の危機」を説き、スタジオは深刻顔で頷く。まずは持ち上げよう——市場は賢明で、投資家は合理的にリスクを測った、と。次に調子に乗せよう——政策当局はすべてを読んでいて、必要なときに必要な手を打つ、と。そして最後に、突き落とす番だ。合理的なのは「損失を避けたい」という人間の本能であり、政策の一手は「やってる感」を演出する照明係に過ぎない。今回の円高・株安も、恐怖と期待が同時に暴れる日本市場の「笑っていられない笑劇場」だ。
目次
- 政治の笑劇場としてのニュース概観
- 事実と背景——為替と株式、その基本と舞台裏
- 現場・世論の視点——金融・投資業の実務とSNSの反応
- 【Q&A】深層解説
- 本質の分析——権力構造の闇と光
- 総括と今後の予測
政治の笑劇場としてのニュース概観
ニュースの見出しは明解だ。「円高ドル安急速に進む 株価 1000円超の値下がり」(出典:NHK)。市場は反射的に身をすくめ、投資家は端末前で「またか」とつぶやく。年初来の収益が紙吹雪のように舞い散る音は聞こえないが、損益計算書の隅で確実に鳴っている。
「円高」は、日本の実体経済にとって必ずしも悪ではない。輸入物価を抑え、家計の財布を少し軽くする。ただ、株式市場の座席表は輸出企業が前列を占める。指数は彼らの体重に正直だ。だから「円高=株安」というショートカットが、大勢の頭の中で即座に走る。合理性というより条件反射に近い。
政治の側は、こういう場面で「何もしない」を選びがちだ。為替は市場が決める、コメントは控える、総理は注視する。古典的三段活用だ。だが、沈黙はときに政策だ。過去、口先介入が逆効果だった記憶がうずくからである。むしろ沈黙という照明で、観客(市場)に自らの恐怖の影を見せる。これが日本の光と影の演出術だ。
「市場は賢明」より先に、「人間は損を嫌う」。ここを読み間違えると、すべての筋書きが崩れる。
今回のショックは、巨大なファンダメンタルズ変化の前触れか、いつもの情動の揺れ戻しか。結論から言えば、両方の性格を併せ持つ。短期の価格は恐怖で動き、長期の水準は金利差と生産性で決まる。だからこそ投資家は、目先の恐怖に備えつつ、長期の規律を見失わない「二階建ての視力」が要る。













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